「ノア、頼む!」
「任せて!」
僕の叫びに、ノアが応える。スマホの画面が激しく明滅し、『
現実世界で戦ってくれている大輝、一葉さん、莉緒さんの三人に後を託し、僕の意識は、激しいノイズと抵抗を突き抜けて、彼の心の奥深くへと
前回までのアクセスとは比較にならないほどの強い拒絶反応。彼の精神は、今、まさに嵐のまっただ中にいるんだ……!
そして、僕が降り立ったのは……息を呑むほどに
そこは、完璧なまでに整備された、しかし人影一つない巨大な白亜の都市のようだった。
どこまでも続く寸分の狂いもない直線的な建造物。規則正しく配置された街路樹。空には、巨大な監視カメラのような目がいくつも浮かび全てを見下ろしている。
あまりにも整理されすぎていて、かえって不気味だ。そして、何より……音がない。風の音も、鳥の声も、人々のざわめきも。ただ、冷たい静寂だけが、この完璧な都市を支配していた。
(これが……結城先輩の、理想の世界……?)
《……みたいだね。完璧な秩序と、完全な管理。でも、そこには何の彩りもない……まるで、巨大な|墓標《ぼひょう》みたいだ》
ノアの声も、どこか沈んでいる。
僕はアバターを起動させ、この孤独な都市の探索を開始した。仲間がいないのは心細いけど、今は僕がやるしかないんだ。
《外のみんな、頑張ってるみたいだよ! 誠クンの暴走、なんとか食い止めてる! 悠人も負けてられないね!》
ノアが、外部の状況を伝え、僕を励ましてくれる。ありがとう、ノア。そして、みんな……!
都市の中を進んでいくと、奇妙なことに気づいた。道行く場所に、様々な「テスト」や「評価」の結果のようなものが、ホログラムで表示されているのだ。『学力偏差値:75』『運動能力:A+』『協調性:C(要改善)』……まるで、全ての人間が数値化され、ランク付けされているみたいだ。そして、その評価基準は、異常なほどに厳しい。
《常に一番でなければならない》
《完璧でなければ、価値がない》
壁には、そんな言葉がスローガンのように刻まれている。これは……彼が幼い頃から、親や周りに言われ続けてきた言葉なのかもしれない。期待という名の、重すぎる呪縛。
さらに奥へ進むと、彼の記憶の断片が幻影となって現れ始めた。
テストで満点を取っても、褒められるどころか「当たり前だ」と突き放される幼い彼。スポーツで素晴らしい結果を出しても、「あの子には、まだ及ばない」と比較される彼。誰にも弱音を吐けず、一人で涙を流す彼の姿……。
完璧な生徒会長、結城 誠。その仮面の下には、こんなにも脆くて傷つきやすい少年が隠れていたのか……。僕は、彼の孤独と痛みに、胸が締め付けられる思いだった。
そして、そんな彼の心の隙間に、あの甘い声が囁きかける幻影も見た。
《君は特別だ》
《君には、世界を変える力がある》
《その力を受け入れれば、誰も君を無視できなくなる……》
マインド・イーター……いや、もっと根源的な……悪意に満ちた『意志』。それが、彼の孤独と渇望を利用し、歪んだ理想を植え付けていったんだ……!
行く手には、彼の「完璧でなければならない」という強迫観念が生み出した、「心の影」たちが現れた。
それは、厳格な試験官のような姿をしていたり、あるいは、彼が超えられないと感じていた誰かの姿を模していたりした。
どれも手強い。だが、今の僕には、彼らをただ倒すだけじゃない、別の思いがあった。
(結城先輩を、この苦しみから、解放したい……!)
その強い思いが僕のアバターに力を与える。僕は、ノアの的確なナビゲートを受けながら、一体、また一体と、彼の心の壁を打ち破っていった。
そして、ついに僕は、この歪んだ都市の中心……最も強い歪みを発する場所へとたどり着いた。
そこには、巨大な玉座が置かれ、その上には……誰もいない。だが、玉座そのものが、禍々しいオーラを放っている。あれが、彼を支配する『意志』の
玉座へと続く階段の前には、最後の門番のように巨大な影が立ちはだかっていた。それは、結城 誠自身の姿を模しているが、その瞳は虚ろで、全身からは絶望と諦めの気配が漂っている。彼自身の、諦めかけた心が作り出した壁……。
《……悠人、気をつけて。あれは……たぶん、この精神領域で一番強い拒絶反応だよ》
ノアの声が警告する。
僕は、アバターの光の剣を構え、最後の壁へと向き合った。これを越えれば、きっと真実にたどり着けるはずだ。結城先輩を、本当の意味で救うために――!