玉座へと続く階段の前、最後の門番として立ちはだかるのは、結城先輩自身の姿を模した、
それは、彼の諦めかけた心、絶望の具現化……。
『……もう、やめろ』影が、力なく呟く。『何をしたって、無駄だ。完璧でなければ、意味がない。そして、僕は……完璧にはなれないのだから』
その言葉は、まるで冷たい鎖のように、僕の心に絡みついてくる。そうだ、僕だって……完璧じゃない。逃げてばかりで、何も変えられなかったじゃないか……。
(……違う!)
僕は、
「無駄なんかじゃない! 完璧じゃなくたっていい! 結城先輩の心は、まだ終わってない!」
僕の叫びに、影は僅かに揺らいだように見えた。
『……綺麗事だ。感情など、ただのノイズに過ぎん』
「ノイズなんかじゃない! 嬉しいとか、悲しいとか、悔しいとか……そういうのが全部あって、人間なんだろ! 結城先輩だって、本当は……!」
僕は、アバターの光の剣を構え、真っ直ぐに影を見据えた。これは、物理的な戦いじゃない。心の、意志の戦いだ。
《悠人! みんなの声、聞こえる!?》
ノアの声と共に、現実世界で戦ってくれている仲間たちの声が、僕の心に流れ込んできた。
『悠人、負けんなよ!』『来栖君、信じています!』『さっさとケリつけてこい!』
大輝、一葉さん、莉緒さん……みんなが、僕を信じて、待ってくれている。
「……ありがとう、みんな!」
力が湧いてくる。仲間との絆が、僕のアバターを、僕自身の心を、強く輝かせる!
「結城先輩の心を、諦めさせるわけにはいかないんだ!」
僕のアバターが放つ光は、もはや単なるエネルギーじゃない。それは希望の光だ。影は、その
『……ああ……そうか……僕は……』
影は、最後に何かを理解したように呟くと、穏やかな光の粒子となって静かに消えていった。まるで、彼自身の心の一部へと
最後の壁を打ち破り、僕はついに玉座の間へと足を踏み入れた。
そこには、物理的な敵の姿はない。ただ、禍々しいオーラを放つ
《……よくぞ来た、|不純物《ノイズ》よ》
声が、空間全体から響いてくる。それは、特定の声じゃない。まるで、コンピューターが合成したような、無機質で、絶対的な支配者の声。
《我は完全なる秩序。愚かなる感情に惑わされる、|旧人類《きゅうじんるい》を導く理性そのもの。お前のような感情的な存在は、この世界には不要なのだ》
これが……結城先輩を、そしておそらくはマインド・イーターをも裏で操っていた、歪んだ意志の本体……!
「ふざけるな!」僕は叫んだ。「お前の言う秩序なんて、ただの支配だ! 人の心を無視した世界に、何の意味がある!」
《意味ならある。争いのない、苦しみのない、完全なる調和。それこそが、人類が到達すべき究極の姿だ》
「それは、ただ心が死んでるだけだ!」
言葉は通じない。こいつは、僕らが大切にしているもの全てを否定する存在だ。
《ならば、力で示すまで。お前というノイズを、完全に除去する》
『意志』がそう告げた瞬間、玉座から凄まじいプレッシャーが放たれ、空間全体が
これは、精神的な抵抗……浄化の戦いだ!
僕はアバターの力を最大まで引き出し、光の
(くっ……!)
負けるわけにはいかない……! 僕の背後には仲間がいる。僕が守りたい日常がある! 結城先輩の、本当の心を取り戻すんだ!
仲間たちの顔を、一葉さんの優しい笑顔を、玲奈さんの照れた顔を、莉緒さんの強気な言葉を思い浮かべた。そうだ、僕らは一人じゃない!
「うおおおおぉぉぉっ!!」
僕の心の叫びに呼応するように、アバターが、これまでで最も強く清らかな光を放った。それは、僕と仲間たちの絆の光。諦めない心の光だ!
光は、玉座……歪んだ意志の根源へと真っ直ぐに突き進み、その禍々しいオーラを打ち破っていく!
《馬鹿な……!? |感情《ノイズ》ごときが……この私を……!? ぐ……ああああ……!!!》
『意志』の断末魔が響き渡る。玉座は
歪んだ意志が消滅し、呪縛から解放された瞬間、白亜の都市はガラガラと音を立てて崩壊を始めた。
完璧すぎた世界が、本来の……いや、もっと穏やかで、温かい心の風景へと戻っていく。
その中で、僕は確かに聞いた気がした。
《……君は……誰、なんだ……? ……いや……ありがとう……》
それは、結城先輩の、本当の心の声……。
急速に意識が現実へと引き戻される。最後に見たのは、仲間たちが僕の名前を呼ぶ姿だった。
気づくと生徒会室の床に倒れ込んでいた。力を使い果たし、指一本動かせない。目の前では、結城先輩が気を失って倒れている。彼の周りを覆っていた黒いオーラは、もう消えていた。
「悠人!」
「来栖君!」
「おい、大丈夫か!?」
大輝、一葉さん、莉緒さんが駆け寄ってきて、僕の
《……ふぅ。とりあえず、一件落着……かな? ま、本当の戦いはこれからだろうけどね》
ノアの、どこか意味深な呟きが、僕の薄れゆく意識の中に響いていた。