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第39話 解き放て《アンリーシュ》! 仮面《ペルソナ》の下の|真実《こころ》

 玉座へと続く階段の前、最後の門番として立ちはだかるのは、結城先輩自身の姿を模した、うつろな瞳の影だった。


 それは、彼の諦めかけた心、絶望の具現化……。


『……もう、やめろ』影が、力なく呟く。『何をしたって、無駄だ。完璧でなければ、意味がない。そして、僕は……完璧にはなれないのだから』


 その言葉は、まるで冷たい鎖のように、僕の心に絡みついてくる。そうだ、僕だって……完璧じゃない。逃げてばかりで、何も変えられなかったじゃないか……。


(……違う!)


 僕は、かぶりを振って、その弱い心を振り払った。


「無駄なんかじゃない! 完璧じゃなくたっていい! 結城先輩の心は、まだ終わってない!」


 僕の叫びに、影は僅かに揺らいだように見えた。


『……綺麗事だ。感情など、ただのノイズに過ぎん』

「ノイズなんかじゃない! 嬉しいとか、悲しいとか、悔しいとか……そういうのが全部あって、人間なんだろ! 結城先輩だって、本当は……!」


 僕は、アバターの光の剣を構え、真っ直ぐに影を見据えた。これは、物理的な戦いじゃない。心の、意志の戦いだ。


《悠人! みんなの声、聞こえる!?》


 ノアの声と共に、現実世界で戦ってくれている仲間たちの声が、僕の心に流れ込んできた。


『悠人、負けんなよ!』『来栖君、信じています!』『さっさとケリつけてこい!』


 大輝、一葉さん、莉緒さん……みんなが、僕を信じて、待ってくれている。


「……ありがとう、みんな!」


 力が湧いてくる。仲間との絆が、僕のアバターを、僕自身の心を、強く輝かせる!


「結城先輩の心を、諦めさせるわけにはいかないんだ!」


 僕のアバターが放つ光は、もはや単なるエネルギーじゃない。それは希望の光だ。影は、そのまばゆさに耐えきれないように、苦悶の表情を浮かべた。


『……ああ……そうか……僕は……』


 影は、最後に何かを理解したように呟くと、穏やかな光の粒子となって静かに消えていった。まるで、彼自身の心の一部へとかえっていくかのように。


 最後の壁を打ち破り、僕はついに玉座の間へと足を踏み入れた。

 そこには、物理的な敵の姿はない。ただ、禍々しいオーラを放つからの玉座と、空間全体を満たす、冷たくて巨大な『意志』そのものが存在していた。


《……よくぞ来た、|不純物《ノイズ》よ》


 声が、空間全体から響いてくる。それは、特定の声じゃない。まるで、コンピューターが合成したような、無機質で、絶対的な支配者の声。


《我は完全なる秩序。愚かなる感情に惑わされる、|旧人類《きゅうじんるい》を導く理性そのもの。お前のような感情的な存在は、この世界には不要なのだ》


 これが……結城先輩を、そしておそらくはマインド・イーターをも裏で操っていた、歪んだ意志の本体……!


「ふざけるな!」僕は叫んだ。「お前の言う秩序なんて、ただの支配だ! 人の心を無視した世界に、何の意味がある!」


《意味ならある。争いのない、苦しみのない、完全なる調和。それこそが、人類が到達すべき究極の姿だ》


「それは、ただ心が死んでるだけだ!」


 言葉は通じない。こいつは、僕らが大切にしているもの全てを否定する存在だ。


《ならば、力で示すまで。お前というノイズを、完全に除去する》


 『意志』がそう告げた瞬間、玉座から凄まじいプレッシャーが放たれ、空間全体がきしむように歪み始めた! 無数の黒い棘が、僕のアバターめがけて襲い掛かってくる!


 これは、精神的な抵抗……浄化の戦いだ!


 僕はアバターの力を最大まで引き出し、光の奔流ほんりゅうで黒い棘を薙ぎ払う。だが、敵の力は強大だ。僕の心の隙間を突くように、絶望的な幻影を見せてくる。仲間たちが倒れる姿、街が破壊される光景……。


(くっ……!)


 負けるわけにはいかない……! 僕の背後には仲間がいる。僕が守りたい日常がある! 結城先輩の、本当の心を取り戻すんだ!

 仲間たちの顔を、一葉さんの優しい笑顔を、玲奈さんの照れた顔を、莉緒さんの強気な言葉を思い浮かべた。そうだ、僕らは一人じゃない!


「うおおおおぉぉぉっ!!」


 僕の心の叫びに呼応するように、アバターが、これまでで最も強く清らかな光を放った。それは、僕と仲間たちの絆の光。諦めない心の光だ!


 光は、玉座……歪んだ意志の根源へと真っ直ぐに突き進み、その禍々しいオーラを打ち破っていく!


《馬鹿な……!? |感情《ノイズ》ごときが……この私を……!? ぐ……ああああ……!!!》


 『意志』の断末魔が響き渡る。玉座はまばゆい光に包まれ、やがて大きな音を立てて砕け散った!


 歪んだ意志が消滅し、呪縛から解放された瞬間、白亜の都市はガラガラと音を立てて崩壊を始めた。

 完璧すぎた世界が、本来の……いや、もっと穏やかで、温かい心の風景へと戻っていく。


 その中で、僕は確かに聞いた気がした。


《……君は……誰、なんだ……? ……いや……ありがとう……》


 それは、結城先輩の、本当の心の声……。


 急速に意識が現実へと引き戻される。最後に見たのは、仲間たちが僕の名前を呼ぶ姿だった。

 気づくと生徒会室の床に倒れ込んでいた。力を使い果たし、指一本動かせない。目の前では、結城先輩が気を失って倒れている。彼の周りを覆っていた黒いオーラは、もう消えていた。


「悠人!」

「来栖君!」

「おい、大丈夫か!?」


 大輝、一葉さん、莉緒さんが駆け寄ってきて、僕の身体からだを支えてくれる。温かい。これが、仲間の温もり……。


《……ふぅ。とりあえず、一件落着……かな? ま、本当の戦いはこれからだろうけどね》


 ノアの、どこか意味深な呟きが、僕の薄れゆく意識の中に響いていた。



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