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第41話 二学期の風、決戦前の約束

 楽しかった夏休みはあっという間に終わり、僕らの高校生活は二学期へと突入した。

 校内は、間近に迫った文化祭の準備でどこか浮かれた雰囲気に包まれている。だけど、僕たち「アーク」のメンバーの心は、晴れない梅雨空のように、重たい雲に覆われていた。


 ノアが掴んだ情報によれば、マインド・イーターの活動は、水面下でより巧妙に、そして大規模に進んでいるらしい。

 鷲久市わしくし全体のネットワークに、じわじわとその影響が広がっている兆候があるという。決戦の時は、おそらく、もうすぐそこまで迫っている……。


 そんな張り詰めた空気の中、僕は放課後、神社の境内で一人、物憂ものうげに空を見上げている水瀬 一葉さんの姿を見つけた。文化祭のクラス展示で使う資料を借りに来た帰りだった。


「水瀬さん、どうかした?」


 僕が声をかけると、彼女ははっとしたように振り返り、力なく微笑んだ。


「……悠人君。ううん、なんでもないの。ただ……最近、また、街の『気配』がすごく……重苦しくて……」


 彼女の繊細な感受性は、僕ら以上にマインド・イーターの邪悪な意志を感じ取ってしまうのだろう。その細い肩に、どれだけの不安がのしかかっているのか……。


「大丈夫だよ」


 気づけば彼女の隣に立ち、その肩にそっと手を置いていた。彼女の身体が、小さく震えるのが分かった。


「俺たちがいる。一葉さんは一人じゃない。絶対に、俺たちが守るから」


 僕の言葉に、彼女は潤んだ瞳で僕を見上げた。その瞳には、不安と、それ以上に、僕への強い信頼の色が浮かんでいる。


「……悠人君……」

「だから、一人で抱え込まないで。辛い時は、いつでも俺たちを頼ってほしい」

「……はい」彼女は、こくりと頷くと、僕の手に自分の手をそっと重ねてきた。華奢きゃしゃだけど、温かい手。

「悠人君がいるなら……私、怖くありません。どんなことがあっても……最後まで、一緒に戦います」


 彼女の瞳に宿る、強い決意の光。そして、僕に向けられる、特別な想い……。

 僕の心臓も早鐘を打っていた。この気持ちは、きっと……。僕らは、どちらからともなく、そっと手を離した。でも、指先に残った温もりと、見つめ合った瞬間の想いは、確かに僕らの間に存在していた。


 別の日。僕は、気分転換に立ち寄ったゲームセンターで、氷川 玲奈さんとばったり会った。彼女は、以前のような対戦格闘ゲームではなく、一人用のパズルゲームに真剣な表情で向き合っていた。


「よう」

「……あんたか」


 僕に気づくと、彼女は少しだけ口元を緩めた。最近、僕に対しては、こういう自然な表情を見せてくれることが増えた。


「珍しいね、パズルゲームなんて」

「別に……たまにはこういうのもいいかなって。……勝敗だけが、ゲームじゃないって、最近、思うようになったから」


 彼女は、少し照れたように視線を逸らす。マインドワームから解放されて、彼女の中で、何かが確実に変わり始めているんだ。それは、僕にとってもすごく嬉しいことだった。


「そっか。……なんか、いいね」

「……うるさい。……それより、あんたさ」彼女は、不意に真剣な表情になった。「なんか、最近……ネット、重くない?」

「え?」

「ゲームしてても、微妙なラグを感じる時があるんだよね。気のせいかもしれないけど……なんか、街全体の空気が、ピリピリしてるっていうか……」


 ゲーマーとしての鋭い感覚が、マインド・イーターによるネットワーク干渉の予兆を捉えているのかもしれない。


「……ああ、俺も少し、気になってた」

「……やっぱり?」彼女は、僕の顔をじっと見つめた。「……もし、また何かヤバいことが起こるなら……その時は……まあ、協力くらいは、してやってもいいけど」


 ぶっきらぼうだけど、それは彼女なりの、僕らへの信頼と共闘の意志表示だろう。


「……ありがとう、氷川さん。心強いよ」


 僕が言うと、彼女は「別に……」と呟いて、またゲーム画面へと視線を戻した。でも、その耳が少しだけ赤くなっているのを、僕は見逃さなかった。


 夏目 莉緒さんは、持ち前の情報網と行動力で、街の不穏な噂や、マインド・イーターに繋がりそうな情報を積極的に集めてくれていた。

 彼女がチームに加わってくれたおかげで、「アーク」の活動範囲は格段に広がった。アジトでの作戦会議も、彼女がいると明るい雰囲気になる。大輝との漫才みたいなやり取りは、もうすっかり定番だ。


 そして、ある日の夕方。アジトに集まった僕たち四人に、ノアから緊急の連絡が入った。


《みんな、聞いて! マインド・イーターの……たぶん、本拠地の場所が分かった!》


 ノアが示したのは、鷲久市の地下深くに広がる、巨大な未確認の空間。おそらく、古い地下施設か何かを改造して、彼らはそこから街全体へ干渉しようとしているらしい。


《そして……彼らの計画、たぶん、次の新月の夜に実行される!》


 新月の夜……それは、もう目前に迫っていた。僕たちは、息を呑んで顔を見合わせる。いよいよ、最後の戦いが始まるんだ。


「……必ず、終わらせよう。そして、みんなで、普通の日常を取り戻すんだ」


 僕の言葉に、大輝が、一葉さんが、莉緒さんが、力強く頷いた。僕たち四人の心は、今、確かに一つになっていた。



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