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第43話 地下迷宮《アンダーグラウンド》、秩序の番人

 重い金属の扉を押し開き、僕たち四人は、マインド・イーターの本拠地とされる地下施設へと足を踏み入れた。

 ひんやりとした、カビ臭い空気が頬を撫でる。古い地下鉄の通路だった場所を改造したのだろうか、薄暗いコンクリートの通路がどこまでも続いているように見えた。

 壁には、不気味な緑色の光を放つケーブルが無数にい回り、まるで巨大な生物の血管のように脈打っていた。


「うわ……なんか、気味悪い場所だな……」


 大輝が、辺りを見回しながら顔をしかめる。


「ええ……それに、すごく……重たい気配がします。人の負の感情が、よどんでいるような……」


 一葉さんも、顔を曇らせて自分の腕をさすっている。彼女の感受性には、この空間はかなりキツいのかもしれない。


「二人とも、大丈夫か?」

「へ、平気だって! この程度!」

「はい、私も……大丈夫です」


 莉緒さんも強がってはいるが、少しだけ表情が硬い。無理もない。僕だって、この異様な雰囲気には背筋が寒くなる。


《ここは、物理的な施設であると同時に、精神ネットワークにも深く接続されてるみたいだね。現実と異空間が混ざり合ってる……かなり不安定で、危険な場所だよ》


 ノアの警告に、僕らは気を引き締める。アバターを起動させ、警戒しながら通路の奥へと進み始めた。


 しばらく進むと、最初の「歓迎」がやってきた。通路の壁から、レーザー光線のようなものが照射され、僕らの行く手を阻む!


「うおっと!」


 大輝のアバターが、間一髪でそれを回避する。


「トラップか!」

「だけじゃないみたいだよ!」


 ノアの声と同時に、通路の奥から、警備ロボットのような姿をした影……いや、マインド・イーターによって精神を書き換えられた防衛プログラムが具現化したものだろうか、複数の敵が現れた!


『侵入者発見。排除シマス』


 無機質な声と共に、敵が一斉に襲いかかってくる!


「数は多いけど、動きは単調だ! 大輝、莉緒さん、前衛を頼む!」

「おう!」

「っしゃあ!」


 僕の指示に、二人が同時に飛び出す。大輝の炎の拳と、莉緒さんの金色の爪が、ロボットたちの装甲を次々と砕いていく!


「一葉さん、回復と防御支援を!」

「はい!」


 一葉さんのアバターが放つ光が、前衛の二人を包み込み、ダメージを軽減させる。僕は後方から、敵の動きのパターンを分析し、弱点であるコア部分を光線銃で正確に撃ち抜いていく。

 四人の連携は、以前よりも格段にスムーズになっていた。それぞれの役割を理解し、互いを信頼し合っているからこそできる動きだ。数で押してくる敵を、僕らは危なげなく突破することができた。


 さらに奥へと進むと、そこはまるで実験施設のような区画になっていた。壁際には、いくつものカプセルのようなものが並び、中には……意識を失った人間が入っている!?


「なっ……!?」


 僕らは息を呑んだ。カプセルに繋がれたケーブルを通じて、彼らの精神エネルギーのようなものが、どこかへ吸い上げられているように見える。


「ひどい……!」


 一葉さんが、悲痛な声を上げる。

 壁に設置されたモニターには、マインド・イーターの思想を示すような映像が繰り返し流されていた。『感情はバグである』『完全なる理性こそが人類を進化させる』『旧人類は淘汰とうたされ、新たな秩序が生まれる』……。


《ここで、マインドワームに感染させた人たちから、精神エネルギーを抽出してるんだ……そして、それを街全体への干渉エネルギーに変換してる……! なんて悪趣味な……!》


 ノアが、怒りを滲ませた声で分析する。これが、マインド・イーターの計画の一端……。許せるはずがない!


 僕たちが怒りに震えていると、区画の奥から、拍手をしながら一人の男が現れた。白い研究者のような服装に、冷たい眼鏡の奥の瞳。廃工場事件のリーダー格よりも、さらに上位の幹部だろう。


『やあ、よく来たね、イレギュラーの諸君。私の研究施設へようこそ』


 男は、まるで観客に語りかけるように、余裕の態度で言った。


『君たちのような『感情』というノイズに振り回される存在が、ここまでたどり着くとは、少々驚いたが……まあ、良いデータが取れたよ』

「お前が、こんな酷いことを……!」


 大輝が怒りを露わにする。


『酷い? これは、人類をより高みへと導くための、尊い研究だよ。不要な感情を排除し、完全なる理性による統治を実現する。それこそが、真の幸福なのだから』


 男の言葉には、微塵の悪びれもなかった。歪んでいる。完全に、歪みきっている……!


「ふざけるな! 人の心をもてあそびやがって!」


 莉緒さんが、怒りに拳を震わせる。


『おや、感情的な反応だね。実に興味深いサンプルだ。……まあいいだろう。君たちには、ここで私の最高傑作の『番人』と、存分にたわむれてもらうとしよう』


 男がそう言って指を鳴らすと、彼の背後の巨大なカプセルの中から、一体の異様なアバターが出現した。それは、これまでのどの敵よりも巨大で、冷たく、そして強力なプレッシャーを放っていた。


『さあ、実験の最終段階だ。君たちの『絆』とやらが、どれほどのものか、見せてもらおうじゃないか!』


 男は高らかに笑い、その姿を空間の歪みの中へと消した。残されたのは、僕ら四人と、冷徹な殺意を放つ巨大な番人だけ。


 最初の幹部戦。僕らは、覚悟を決めて、それぞれの武器を構えた。



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