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第45話 深淵《アビス》の玉座、終焉の序曲《オーバーチュア》

 あの冷徹な番人を倒し、僕たち四人の前には、さらに奥へと続く道が開かれた。

 一歩足を踏み入れると、これまでの無機質な通路とは明らかに違う、粘つくような、それでいて凍えるような、異様な精神エネルギーが渦巻いているのを感じる。

 壁には、苦悶くもんに歪んだ無数の顔のようなものが浮かび上がっては消え、どこからともなく、絶望のため息や、狂気のささやきのようなものが聞こえてくる……。


「……ひどい……。ここは……まるで……」


 一葉さんが、顔を蒼白そうはくにして口元を押さえる。


「ああ……マインド・イーターに精神を破壊された人たちの……残滓ざんしか……」


 僕も、胸が悪くなるような感覚を覚えながら呟いた。こいつらは、人の心をもてあそび、壊し、そのエネルギーをかてにしてきたんだ……!


「……ぜってぇ許さねぇ……!」


 大輝が、怒りに拳を震わせる。莉緒さんも、固く唇を結び、鋭い眼光で前を見据えていた。僕らの怒りと決意は、この異様な空間を進む原動力となった。


 いくつかの精神的なトラップや、より強力になった「心の影」たちを連携で突破し、僕たちはついに、この地下施設の最深部と思われる、巨大なドーム状の空間へとたどり着いた。

 そこは、まるで巨大なコンピューターの内部のようだった。壁面には複雑な光の回路が走り、中央には天へと伸びる巨大な塔のような装置がそびえ立っている。

 その装置からは無数のケーブルが伸び、鷲久市わしくし全体の精神ネットワークへと接続されているのが分かった。ここが、彼らの計画の心臓部……!


 そして、その塔のふもとにある、黒曜石こくようせきで作られたかのような禍々《まがまが》しい玉座ぎょくざに……「彼」は座っていた。


 年の頃は……分からない。若者のようにも老人のようにも見える。穏やかな笑みを浮かべているが、その瞳の奥には、底知れないほどの深い闇と、絶対的な支配者のような冷たい光が宿っていた。彼こそが、この計画を主導する、マインド・イーターの指導者……!


『……よくぞ来た、感情ノイズに惑わされし者たちよ』


 彼は、僕たちを一瞥いちべつすると、静かに、だが空間全体に響き渡るような声で言った。その声には、奇妙なカリスマ性と、有無を言わせぬ圧があった。


『最後の障害が、君たちというわけか。まあ、いい。私の理想とする新世界の誕生を、特等席で見せてあげよう』

「新世界……だと?」僕が問い返す。「人の心を操り、支配するような世界が、理想だっていうのか!?」

『『操る』のではない。『導く』のだよ』彼は、穏やかに首を振る。『感情という名の病から解放し、完全なる理性と秩序の下で、人類は初めて真の調和と幸福を得る。私は、そのための導き手……いわば、新たな時代の救世主メシアなのだ』


 その歪んだ思想、独善的な正義感……! こいつは、結城先輩に影響を与えていた『意志』そのもの、あるいは、それを使役する存在なのかもしれない!


「ふざけるな! そんなの、ただ心が死んでるだけだ!」


 莉緒さんが、怒りを込めて叫ぶ。


「そうだ! 嬉しいとか、悲しいとか、ムカつくとか! そういうのが全部あって、人間なんだろうが!」


 大輝も続く。


「あなたのやっていることは、ただの破壊です! 人の尊厳を踏みにじる、許されない行いです!」


 一葉さんも、強い口調で非難する。僕らの言葉に、指導者は、初めて表情を変えた。それは、あわれみと、ほんの少しの苛立いらだちが混じったような、歪んだ笑みだった。


『……やはり、君たちには理解できないようだね。旧世界きゅうせかいの価値観に縛られた、哀れな子供たちだ』


 彼は、ゆっくりと玉座から立ち上がった。途端、空間全体のプレッシャーが、さらに増大する!


『ならば、言葉は不要だ。その愚かな感情ごと、ここで消え去るがいい。新たな世界の礎となるがいい!』


 指導者の身体から、黒いオーラが溢れ出し、それは禍々しいアバターの姿へと変わっていく! その姿は……結城先輩が纏っていたものよりも、さらに巨大で、複雑で、そして絶望的なまでに強力な気配を放っていた。これが、マインド・イーターの指導者の……!


 僕たち四人は、互いに視線を交わし、頷き合う。もう、後戻りはできない。ここで、全てを終わらせるんだ。

 仲間との絆、守りたい日常、そして人間としての譲れない想い……それら全てを力に変えて、僕らは最後の戦いに挑む。


「ノア、サポートを頼む!」


《……了解! 全力でバックアップする! 絶対、負けないでよ、みんな!》


「行くぞ、みんな!」

「おう!」

「はい!」

「っしゃあ!」


 四つの魂が、一つになる。僕たちチーム「アーク」は、それぞれのスマホを構え、アバターを起動! 最後の敵へと、同時に駆け出した!


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