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第47話 終焉《ジ・エンド》、そして再生《リバース》の光

 マインド・イーターの指導者……オリジンは、確かに消滅したはずだった。だが、彼の残した『完成だ』という不気味な言葉と、今もなお止まらない精神ネットワークの暴走が、僕らに最悪の事態を予感させていた。


 中央にそびえる巨大な塔のような装置が、赤黒い光を激しく明滅させ、鷲久市わしくし全体のネットワーク、いや、そこに繋がる全ての人々の精神を、強制的に吸い上げようとしている!


《まずい! あいつ、自分自身を犠牲にして、ネットワークと完全に同化しようとしてる! このままじゃ、鷲久市中の人間の意識が一つに統合されて……感情のない、巨大な一つの『理性』になっちゃう!》


 ノアの悲鳴のような警告が響く。オリジンの、いや、マインド・イーターの真の目的は、これだったのか……! 個性を、感情を、心を奪い去り、冷たい秩序だけの世界を作り上げること……!


 暴走するエネルギーの中心から、それはゆっくりと姿を現した。もはや、特定の人間のアバターではない。

 無数のケーブルとデータ、そして吸い上げられた人々の精神の断片が融合した、神とも悪魔ともつかない、巨大で冒涜的ぼうとくな『何か』。それが、真の最終形態……ネットワークと一体化した、マインド・イーターの歪んだ『理性』そのものだった。


『……我ハ完成シタ……コレゾ完全ナル調和……コレゾ人類ノ進化……』


 響き渡る声は、もはや個人のものではなく、無数の声が混ざり合ったような、不気味な合成音声だ。その存在から放たれる圧倒的なプレッシャーだけで、僕らのアバターはきしみ、意識が遠のきそうになる。

 現実世界の鷲久市でも、ネットワークに繋がれた機器が暴走し、人々が次々と意識を失っていく様子が、ノアを通じて断片的に伝わってきた。


「ふざけるなぁっ!!」


 最初に動いたのは、大輝だった。彼の燃える拳が、巨大な『理性』へと叩き込まれる!


「人の心、勝手に奪ってんじゃねぇぞ!」


 莉緒さんの金色の爪も、激しく敵を切り裂く!

 だが、『理性』は意に介した様子もなく、その巨体から無数の精神汚染データを放ち、二人を弾き飛ばした!


「ぐあああっ!」

「きゃあっ!」

「桐生君! 莉緒さん!」


 一葉さんの回復の光も、この巨大な悪意の前では焼け石に水のようだ。僕のアバターの光線銃も、まるで効果がない。絶望的な力の差……!


(ダメなのか……? 僕らの力じゃ、もう……)


 僕の心が折れかけた、その時だった。


《……諦めないで、悠人君……》


 一葉さんの、凛とした声が響いた。彼女のアバターは、ボロボロになりながらも、その手に握られた神楽鈴かぐらすずのような杖を高く掲げ、清らかな祈りの光を放ち始めたのだ。


「この街の……人々の心を……けがさせはしません……!」


 彼女の祈りは、直接的な攻撃力はないかもしれない。だが、その光は、マインド・イーターの歪んだ『理性』が最も嫌うもの……温かい人間の感情、絆、そして希望そのものだった。

 光に触れた『理性』の一部が、明らかにひるみ、動きが鈍る!


「……そうだ……俺たちが、諦めてどうすんだ!」


 大輝が立ち上がる!


「ダチも、ばーちゃんも、この街も……ウチらが守んだよ!」


 莉緒さんも立ち上がる!


 そうだ……僕らは一人じゃない! 仲間がいる! 守りたいものがある! その想いこそが、僕らの本当の力なんだ!


 僕の心に応えるように、アバターが再び、強く輝き始めた。それは、僕一人の力じゃない。大輝の熱さ、一葉さんの清らかさ、莉緒さんの強さ……そして、僕らを信じて待っていてくれる全ての人々の想いが流れ込んでくる!


 アバターの姿が、さらに変化。四人の絆を象徴するような、より力強く、そして希望に満ちた最終形態へと……!


《悠人! 今だよ! あいつの中心核……ネットワークとの接続を司《つかさど》るコアが、一葉ちゃんの光で一瞬だけ剥き出しになってる! そこを……!》


 ノアの最後の声援!


「みんな、力を貸してくれ!」


 僕の呼びかけに、三人が力強く頷く! 大輝と莉緒さんが、左右から全力の攻撃を放ち、敵の注意を引きつける! 一葉さんが、最後の力を振り絞り、コアへの道を切り開く浄化の光を放つ!

 そして、僕は……進化したアバターの全エネルギーを、右手に収束させた。それは、もはや剣ではない。僕らの、人間の持つ、温かくて強い『心』そのものだ。


「これが……!」


 僕らは、同時に叫んだ。


「「「「僕ら《アーク》の、こころの力だぁぁぁぁっ!!!」」」」


 希望の光が、歪んだ『理性』の中心核を貫いた。


『…………ソン、ナ…………アタタカイ…………ヒカリ………………ワタシ、ハ………………』


 断末魔とも、あるいは初めて感情を知った戸惑いともつかない声が響き渡り……巨大な『理性』は、内部から浄化されるように、まばゆい光の粒子となって、ゆっくりと消滅していった。


 同時に、暴走していた精神ネットワークは急速に鎮静化し、歪んでいた空間も、元の地下施設の姿へと戻っていく。壁の回路の光も、穏やかな色を取り戻していた。


 僕たち四人は、アバターを解除し、その場に崩れ落ちた。もう、指一本動かす力も残っていない。だけど、心は不思議な達成感と、温かいもので満たされていた。

 顔を見合わせ、僕らは、誰からともなく笑い合った。ボロボロだったけど、最高の笑顔だったと思う。


《……やったね、みんな。本当に、よく頑張った》


 ノアの声が、優しく響いた。


《これで……マインド・イーターの計画は阻止できた。鷲久市《このまち》の平和は、守られたんだよ》


 長かった戦いが……終わったんだ……。


 僕らの意識は、安堵あんど感と心地よい疲労感に包まれながら、ゆっくりと現実へと帰還していく。空には……きっと、新しい朝が来ているはずだ。


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