あの激しい戦いから季節は一つ巡った。
夏休みが明け、慌ただしかった文化祭も終わり、僕たちの高校生活も、残すところあと僅かとなっていた。マインド・イーターの脅威は去り、アークとしての活動も、今はもうない。僕らは、普通の高校生としての時間を、静かに過ごしていた。
今日の放課後、僕は水瀬 一葉さんと一緒に、彼女の家の神社に来ていた。
境内の
そして、彼女もまた、僕が来るのを分かっていたかのように、社務所の縁側で静かにお茶を
「……綺麗ですね、紅葉」
彼女が淹れてくれた温かいお茶をすすりながら、僕が言うと、一葉さんは柔らかく微笑んだ。戦いが終わってから、彼女は以前にも増して、穏やかで、優しい表情を見せてくれるようになった気がする。
「ええ。……でも、こうして悠人君と静かに紅葉を眺められる日が来るなんて、少し前までは、信じられませんでした」彼女は、どこか遠い目をして呟く。「……私も、怖かったんです。自分の力も、街で起こる異変も……。ずっと一人で、どうすればいいのか分からなくて……」
「一葉さん……」
「でも、悠人君が来てくれた。大輝君や莉緒さんも……。みんながいたから、私は……最後まで、前を向けました。本当に……ありがとう」
彼女は、僕の方を真っ直ぐに見つめて言った。その瞳は、秋の空のように澄んでいて、僕への感謝と、それ以上の……特別な想いが、はっきりと映し出されているのが分かった。僕の心臓が、また、ドキドキと音を立て始める。
「俺の方こそ……ありがとう、だよ」
僕は、湯呑みを置き、彼女に向き直った。
「一葉さんがいなかったら、俺たちはきっと勝てなかった。君の優しさと強さが、何度も俺たちを救ってくれたんだ」
「そんな……私は、ただ……」
「それに……」僕は、少しだけ勇気を出して続けた。「君が隣にいてくれるだけで……俺は、すごく……心強かった。……ううん、それだけじゃないな」
言葉を探す。うまく言えるだろうか。でも、今、伝えなければ、きっと後悔する。
「君といると、安心するんだ。君の笑顔を見ると、嬉しくなる。……俺、たぶん……ううん、絶対に、水瀬さんのことが……好きだ」
言ってしまった……! 顔が、カッと熱くなるのが分かる。彼女は、驚いたように目を丸くして、それから……ゆっくりと、花が咲くように、微笑んだ。
「……知ってましたよ」
「え?」
「悠人君が、私のことを……大切に想ってくれていること。……だって、私も……同じ気持ち、ですから」
彼女は、少し恥ずかしそうに頬を染めながらも、はっきりと僕の目を見て言った。
「私も、悠人君のことが……大好きです」
その言葉は、どんなアバターの力よりも強く、温かく、僕の心を震わせた。僕たちは、どちらからともなく、そっと手を伸ばし、触れ合う。彼女の指先は、少しだけ冷たかったけれど、すぐに僕の体温で温まっていく。
僕らは、しばらくの間、ただ黙って手を繋ぎ、互いの温もりを感じ合っていた。言葉はなくても、心は確かに繋がっている。そんな確信があった。
やがて、彼女が僕の肩に、こてん、と頭を預けてきた。甘えるような仕草に、僕の心臓は限界突破しそうだったけど、同時に、愛おしさが込み上げてくる。
「……これからも、ずっと……一緒に、いてくれますか?」
小さな、でも確かな声で彼女が尋ねる。
「……当たり前だろ」
僕は、精一杯の気持ちを込めて、彼女の繋いだ手に、そっと力を込めた。
秋風が、色づいた葉を優しく揺らす。僕たちの時間は、これからゆっくりと、色鮮やかに紡がれていく。そんな予感が、僕の胸を温かく満たしていた。