秋も深まり、空気が少しずつ冬の色を帯び始めた十一月。僕たちの高校生活も、文化祭や修学旅行といった大きなイベントが終わり、あとは受験に向けて一直線……という雰囲気が漂い始めていた。
そんなある日の放課後、僕は久しぶりに駅前のゲームセンターにいた。目的は……もちろん、氷川 玲奈さんに会うためだ。
案の定、彼女は格闘ゲームの
画面の中のキャラクターが、目にも止まらぬ速さで複雑なコンボを繰り出していた。
「よっ、集中してるとこ悪い」
僕が声をかけると、彼女はピクリと反応し、ちらりとこちらを見た。
「……あんたか。別に、集中なんかしてない」
そう言いながらも、コントローラーを操作する指は止まっている。僕が来たのが、まんざらでもない……って思ってもいいのかな?
「最近、どう? ゲームの調子は」
「……別に、普通。この前、久しぶりに大会に出たけど……まあ、結果はそこそこ」
「そこそこ」と言いながらも、彼女の口元がほんの少しだけ誇らしげに
マインドワームから解放されて、彼女は勝利への異常な執着を手放した。でも、ゲームが好きだという気持ち、そして、誰にも負けたくないという健全な競争心は、失っていなかったんだ。
むしろ、以前よりも純粋に、楽しんでプレイできているのかもしれない。
「そっか。……なんか、楽しそうでよかった」
僕が素直にそう言うと、彼女は「……別に、普通だって言ってるでしょ」と、少しだけ顔を赤くして
「……ねえ、あんた」
しばらく
「最近さ……水瀬さんとか、夏目さんとかと、仲良いよね」
「え? まあ……クラスメイトだし、それに……」
『仲間だから』と言いかけて、僕は慌てて口をつぐむ。危ない危ない。
「……ふーん」
彼女は、なんだか少しだけ、つまらなそうな顔をしている。あれ? もしかして……。
「別に、誰と仲良くしようがあんたの勝手だけど……。……あんまり、他のヤツにヘラヘラすんなよ」
「へ、ヘラヘラって……」
「してるでしょ、なんか。……見てると、ちょっと……イラっとする、から」
最後の方は、ほとんど聞き取れないくらいの小声だったけど、その言葉の意味に気づいて、僕の心臓が大きく跳ねた。これって、もしかして……
「……ご、ごめん?」
「……別に、謝んなくていいけど」
ぷい、とそっぽを向いてしまう彼女。でも、その耳は真っ赤だ。なんだよ、可愛すぎるだろ……!
僕たちの間に、甘酸っぱいような、少し気まずいような沈黙が流れる。ゲームの
僕は、この関係を、もう少しだけ前に進めたいと思った。勇気を出して、彼女に向き直る。
「……あのさ、氷川さん」
「……なに」
「俺……氷川さんのこと、もっと知りたいなって思うんだ。ゲームのことだけじゃなくて……氷川さん自身のことも」
僕の真剣な言葉に、彼女は驚いたように目を見開いた。
「だから……その……これからも、こうやって話したり、一緒にゲームしたり……したいなって……ダメ、かな?」
彼女は、しばらく黙って僕の顔を見つめていた。そして、ゆっくりと口を開く。その顔は、やっぱり真っ赤だ。
「…………別に……嫌いじゃ、ない、かも……」
「え……?」
「だ、だから! あんたのこと、別に嫌いじゃないって言ってるの!」なぜか逆ギレ気味だ。「……だから……その……また、ゲーセンとか……誘ってきても……い、いい、けど……っ」
最後の方は、もうほとんど声になっていなかった。でも、僕にははっきりと聞こえた。そして、その言葉がどれだけの勇気を振り絞って言われたものかも。
嬉しさが、胸いっぱいに広がっていく。
「……うん! 絶対、誘う!」
僕が力強く頷くと、彼女は「……バカ」と小さく呟いて、顔を隠すように再びゲーム画面へと向き直ってしまった。でも、コントローラーを握るその指先が、微かに震えているのが見えた。
その日は、それ以上何もなかったけど、僕たちの関係は、確実に新しい段階へと進んだ気がした。
クールな女王様の仮面の下にある、不器用で、でも温かい素顔。そのギャップに、僕はますます
このドキドキする気持ちを、いつかちゃんと、言葉にして伝えられる日が来るのだろうか……。そんなことを考えながら、僕は少しだけ浮ついた足取りで、ゲームセンターを後にした。