凍えるような冬が過ぎ去り、
校庭の桜の
三月。別れと、そして新しい始まりの季節だ。
僕がこの街に転校してきてから、もうすぐ一年が経とうとしていた。思い返せば、本当に色々なことがあった。
慣れない土地での不安な日々、突然手にしたアバターの力、人の心の闇との戦い……そして、かけがえのない仲間たちとの出会い。
あの激しい戦いの日々が、まるで遠い昔のことのように感じられるほど、今の鷲久市は穏やかな空気に満ちている。
僕たち「アーク」のメンバーも、それぞれの日常へと戻っていた。
桐生 大輝は、相変わらず元気いっぱいに動画配信を続けている。最近は、街のイベントレポートなんかも手掛けていて、地元のちょっとした有名人になりつつあるらしい。もちろん、僕との「相棒」関係は健在だ。
水瀬 一葉さんは、神社の
氷川 玲奈さんは、eスポーツの世界で、再びその才能を開花させている。でも、以前のような孤高の女王様じゃない。仲間と協力する楽しさを知り、純粋にゲームと向き合う彼女のプレイは、多くの人を魅了しているらしい。
僕との関係も……まあ、相変わらずだけど、たまに二人でゲームをする時の、彼女の照れたような笑顔を見られるのは、僕だけの特権だと思っている。
夏目 莉緒さんは、持ち前の行動力で、ファッション系の専門学校への進学を決めたらしい。親友のマキさんや、おばあさんとの時間も大切にしながら、自分の夢に向かって真っ直ぐに進んでいる。
時々、僕に「ちゃんとメシ食ってんのかよ?」なんて、お姉さんみたいに心配してくれるのが、なんだか嬉しい。彼女も、僕にとって最高の「相棒」の一人だ。
春休みが始まった、ある晴れた日の午後。僕たち四人は、久しぶりに、思い出の場所でもある河川敷の土手に集まっていた。もうアバターを起動する必要はないけれど、僕らの絆は、あの戦いを通じて、より強く、深くなっていた。
「しかし、マジで平和になったよなー」
大輝が、大きく伸びをしながら言う。
「ええ。あの戦いが、まるで嘘のようです」
一葉さんが、穏やかに微笑む。
「ま、平和が一番だってことだな!」
莉緒さんが、太陽みたいに笑う。僕も、みんなの笑顔を見ていると、心の底から温かい気持ちになった。そうだ、僕らが守りたかったのは、この何気なくて、でもかけがえのない日常なんだ。
《……やっほー、みんな。元気にしてた?》
不意に、懐かしい声が頭の中に響いた。ノアだ。最後の日以来、彼女からの連絡は途絶えていたのに。
「ノア!?」
僕が驚くと、他の三人も何事かと僕を見た。
《うん、久しぶり。ちょっと、お別れを言いに来たんだ》
「別れ……?」
《そう。この街のネットワークも安定したみたいだし、もうボクの役目は終わりかなって。それに、ボクにも、探さなきゃいけないものがあるからさ》
彼女の正体や目的は、結局最後まで分からなかった。でも……。
「そっか……。今まで、ありがとうな、ノア。君がいなかったら、僕らは……」
《いーってことよ! ボクも、キミたちと過ごした時間は、結構……ううん、最高に面白かったからさ!》
ノアの声は、いつものように軽やかだったけど、ほんの少しだけ、寂しさが滲んでいるような気がした。
《じゃあ、元気でね、悠人。大輝君も、一葉ちゃんも、莉緒ちゃんも! ……また、どこかで会えるといいね》
その言葉を最後に、ノアの気配は、すぅっと消えていった。まるで、最初から何もなかったかのように。
少しだけ寂しいけれど、これもまた、新しい始まりなんだろう。
僕は、空を見上げた。どこまでも青く澄んだ空。この先、鷲久市に残るのか、それとも、いつかはこの街を離れることになるのか……それは、まだ分からない。
でも、どこにいたとしても、僕の中には、この街で過ごした一年間の記憶と、ここで出会ったかけがえのない仲間たちとの絆が、確かに刻まれている。
僕たちの戦いは終わった。でも、僕らの物語は、まだ始まったばかりだ。
春風が、僕の頬を優しく撫でていく。それはまるで、新しい未来への祝福のように感じられた。僕は、隣にいる仲間たちの顔を見て、力強く頷いた。さあ、明日へ向かって、歩き出そう。この、かけがえのない絆と共に――。