二人三脚の練習を終え、制服に着替えた後も、さっきのスポーツドリンクの出来事を思い出すたびに笑みがこぼれた。しかし「完璧な生徒会長」としての仮面を被っている間は、表情を抑えなければならない。本当は大声で笑いたいのに、微笑む程度に留めなければならない。
――あぁ……、彼みたいに自由に笑いたいな……。
一人で笑うことはできても、それは本当の意味での解放ではない。誰かと共に笑い、感情を共有できてこそ、本当の喜びがあるのだ。
着替えを終えた僕は、ふと思い立って屋上へと向かった。夕暮れ時の屋上は、昼間の喧騒から解放された静かな空間だった。ひんやりとした風が吹き抜け、梅雨前のカラっとした空気が肌に心地よい。
フェンスにもたれかかり、先ほどまでの二人三脚の練習を思い返していた。
礼央と二人、足をはちまきで結び、体をぴったりと寄せ合う感触。彼が僕の腰に手を回した時の温もり。耳元で「いち、に……」とリズムを刻む時の低い声。掛け声をかける際に耳に感じる彼の息遣い。うまくいったときに交わした笑顔。
思い出すだけで、心臓が早くなる気がした。
そのとき、ポケットのスマートフォンが震えた。取り出すと、美月からのメッセージだった。
『来月の婚約パーティー、よろしくお願いします』
彼女との婚約、そして将来の結婚。僕は彼女を幸せにすることができるだろうか? 愛することができるだろうか? 早まった婚約のことを考えると、胸が締め付けられた。
すると、生徒会のメンバーから別のメッセージが届いた。
『卒業アルバム用に撮った体育祭の練習風景。会長の笑顔が素敵だったので送ります』
そこには、僕と礼央が二人三脚の練習をしている写真が映っていた。お互いに見つめ合いながら、心から楽しそうに笑っている。いつも仮面で隠している僕の表情が、自然な笑顔に溢れていた。
どくん――。
心臓が大きく跳ねた。
「……まさか……」
突然の気づきに、鼓動が耳元で鳴り響く。
「違う、違う、絶対に違う!」
慌てて頭を振るが、スマートフォンを握る手に汗が滲んでいた。
「これは友情だ。ただ、それだけだ!」
――僕には、婚約者がいて、家の期待があって……。
これは一時的な気の迷いだ。きっと明日になれば忘れているに違いない。
必死に自分に言い聞かせるが、そうすればするほど、礼央のことが頭から離れなくなった。
「……礼央とは、距離を置こう……」
フェンスをギュッと強く握りしめる。陽が落ちた屋上では、空気がさらにひんやりと冷たくなっていた。
距離を置くと心の中で決意した途端、礼央の笑顔と楽しそうな笑い声が脳裏に浮かび上がった。
「……なんて皮肉なんだろうな……」
離れようとすればするほど、彼のことが頭から離れなくなる。
「でも、こんなに必死に否定するってことは……」
僕は息を呑んだ。胸の奥で、長い間抑え込んできた感情が少しずつ形を成し始めていた。
――僕は、本当は、もう……。
その先を考えるのが怖くて、僕は屋上を後にした。しかし、心の奥では既に答えが見えていた。それを認めたくないだけだった。