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3-5

 体育祭が終わると、礼央と会う接点がなくなったからか、滅多に出会うことがなくなった。それはそれで、都合が良かった。礼央に会うと、彼女といた場面を思い出して胸が苦しくなってしまう。心が乱れる。気持ちを整理する時間が必要だった。


 体育館に一度だけバレー部の練習を見に行ってからは、足を運んでいない。だが、あの時のことを思い出しながら、生徒会室で書類整理をしていると、ふと礼央の言葉が蘇ってきた。


「そう言えば、練習試合があるって言ってたな……」


 確かそれは、今週末に行われる予定のはずだ。カフェでのことがあったが、約束は約束だ。


 絶対に来て欲しいと、あの明るい笑顔で言われたことを思い出し、僕は考え込んだ。自分の気持ちに正直になれば――行きたい。けれど……。


 ――僕なんかが、応援しに行ってもいいものだろうか……。


 そう思ったが、行きたいという思いが頭をもたげ、抑えきれなくなる。


「そっと見るだけなら、大丈夫か?」


 そう自分に言い聞かせて、練習試合に行くことに決めた。


 練習試合当日、僕は開始時間から少し遅れて会場に入った。場所がわからなかったわけではない。わざとだった。目立たないように、こっそりと。


 すでに試合は進行中で、スコアボードには22—21と刻まれていた。接戦だ。コート上では礼央が躍動していた。その額には汗が滲み、真剣な眼差しでチームメンバーに何か指示を飛ばしている。その姿に、胸が高鳴る。


 応援席には多くの人が集まっていた。その中に、この前カフェで礼央と一緒にいた彼女の姿も見つけた。彼女は最前列で、声援を送っていた。


「礼央ー! ファイトー!」


 彼女は礼央に向かって、熱のこもった声援を送る。礼央は彼女の方に顔を向けて、ガッツポーズで応えた。


 チクリ。


 胸の奥が痛む。まるで小さな針で突き刺されたように。


「鳴海先輩、かっこいいー!」


「紗菜ちゃん、ほら、先輩の応援、もっと頑張って!」


 紗菜は頬を赤らめながら隣に座っている友人に言った。その恥じらう姿が、どこか愛らしかった。


「もうっ! ちゃんと応援してるからっ!」


「かっこいい彼氏が羨ましいわー」


 友人たちにからかわれながらも、紗菜の目は礼央を捉えて離さなかった。彼女の瞳には誇りと愛情が宿っていた。


 ――当然だよな。彼女なんだから……。でも、僕は、何の権利があってここに来たんだ?


 居た堪れなくなり、退席しようかと思った瞬間、ちょうど礼央がサーブをする場面だった。彼の眼差しは鋭く集中していて、その姿に思わず目が釘付けになる。


 バシッ!


 礼央の放ったサーブが相手コートに鋭く突き刺さった。力強い音が体育館中に響き渡る。


「ナイスサーブ! 礼央!」


 紗菜の応援が響き渡る。その声に少し苦い思いを抱きながらも、僕は試合に見入った。


 今まで僕はバレーの試合を真剣に見たことがなかった。しかし目の前で繰り広げられる駆け引きのような展開にいつしか引き込まれていった。バレーのルールなんて全く分からないのに、礼央の姿だけを必死で追っていた。


 スコアは24—24のデュース。先に二点先取した方が勝ちとなる。体育館全体に緊張感が漂っていた。


 相手チームからサーブが打ち込まれた。礼央のチームがブロックするも、そのボールは腕をするりと通り過ぎた。後ろの選手がそのボールを必死に受ける。セッターがそれを受けてトスを上げた。


「礼央っ!」


 礼央が高く飛び上がった。まるで空中で静止しているかのような、一瞬の浮遊感。時間が止まったように感じた。その姿は、まさに飛翔する鳥のように美しかった。


 鋭いスパイクが相手コートに突き刺さると、会場は大きな歓声に包まれた。興奮と喜びの声が体育館中に響き渡る。


「ナイスキー!」


 紗菜も興奮して立ち上がり、礼央に向かって大きな拍手を送っていた。彼女の喜ぶ姿を見て、複雑な思いが胸をよぎる。


 礼央はコートの中でチームメイトと喜ぶわけでもなく、紗菜を見て笑顔を見せるわけでもなく、真っ直ぐに僕の方を見つめた。視線がぶつかり合い、心臓が早鐘を打った。まるで世界が二人だけになったかのような感覚だ。


 礼央は僕に向かって指を指し、大きな声で言った。


「見てたか? 凪!」


 僕を見て満面の笑みを浮かべる礼央。その声が、騒がしい会場の中でも、まるで魔法のように僕の耳に届いた。その声を聞くと、胸の高まりが抑えられなくなった。


 僕は思わずその場に立ち上がってしまった。周りの人たちは何事かと僕に視線を向けてきたが、もはやそんなことは気にならなかった。その瞬間、僕はまるで礼央と二人きりの空間にいるかのような感覚に包まれた。


 ――もう、ダメだ……逃げられない――。


 この感情を否定することが、もはや不可能だと悟ってしまった。周りの視線も、家族の期待も、全てが遠くなっていく。


 僕は――礼央に恋をしている。


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