礼央から会いたいと言うメッセージをもらったのに、それを無視してから数日が経った。その間も、食堂で目が合いそうになれば別の方向を向き、廊下ですれ違いそうになれば進路を変え、礼央をずっと避け続けていた。
――こんなことしても、何も変わらないんだけど……。
心の中ではそう思っていても、いざ礼央と会おうとすると腰が引けてしまう。これは恋愛経験の欠如が生み出す臆病さだけなのか、それとも男同士という関係への恐れなのか。自分でも分からない。
その日の昼休み、他の生徒をやりすごし、人気のない校舎裏に逃げ込んだ。空は鉛色の雲に覆われ、時折冷たい風が吹き抜ける。
――ここなら、礼央に会うこともないだろう。
そう高を括っていたのに。秋も終わり、葉が散った木々の向こうから話し声が聞こえてきた。それは聞き覚えのある声だった。
「……本当に、ごめん。紗奈」
僕はそっと木の影から顔を覗かせると、そこには礼央と紗奈がいた。礼央は僕に背を向ける形で立っていて、表情は見えない。紗奈の表情はこちらから見えた。彼女は涙で頬を濡らし、震える唇を噛んでいる。
――盗み聞きなんてするべきじゃない。でも……。
足が地面に縫い付けられたように動かなかった。罪悪感と好奇心が入り混じる。
「もう、気持ちは変わらない?」
紗奈の声は震えていた。彼女の細い指が制服のスカートをきつく握りしめている。
「……うん。ごめん。正直に言うと、俺、他に好きな人ができた」
礼央の声は低く、とても申し訳なさそうだった。いつも明るい彼には似合わない、悲痛な声。僕は胸がぎゅっと締め付けられた。
――僕のせいで……。
僕は胸元をキツく握りしめた。この痛みは何なのだろう。罪悪感? それとも喜び? どちらにしても、自分を恥じる気持ちが込み上げてくる。
「もしかして、それって、志水先輩?」
紗奈の言葉に僕は息を呑んだ。心臓が早鐘を打つ。背中に冷たいものがつうっと落ちるのが分かった。名指しで言われると、隠れる場所など、どこにもない。
礼央は紗奈の言葉に黙って頷いた。
「やっぱり……」
紗奈は笑顔を見せていたが、それはとても悲しそうだった。月光のように儚く、消えそうな微笑みだ。
「初めから気づいてた。礼央が志水先輩を見る時の目が特別だったし……。それに、生徒会新聞に載ってた文化祭の写真。あんな笑顔、初めて見た……」
紗奈は笑顔を崩さなかったが、ツウっと涙が頬を伝った。彼女の言葉に、僕の心臓は激しく鼓動した。礼央が僕を特別な目で見ていたなんて。それはいつからだったのだろう。
「……ごめん」
礼央の口から漏れる言葉はとても苦しそうだった。その声を聞くと、僕も喉が詰まって苦しく感じた。
「いいよ。本当のこと言ってくれて、ありがとう」
紗奈は手の甲で涙を拭いながら、微笑んだ。紗奈の強さが、僕にはまぶしく見えた。
「そろそろ行くね。……さよなら、礼央」
そう言うと、紗奈はその場から走り去って行った。あとには、僕と礼央だけが残された。紗奈が去った後、礼央は大きく長いため息をひとつついた。彼の表情は僕からは見えない。だがその背中は罪悪感で苛まれているような寂しさが漂っていた。
僕は物音を立てないように注意しながら、その場を後にした。冬の始まりを告げるような冷たい空気が頬を撫でる。空を見上げると、今にも雪が降りそうなほどの鉛色をしていた。
――礼央、辛そうだったな……。全部、僕のせいだ……。
僕はこれからどうすべきなのか、分からずに頭を抱えた。ひんやりと冷たい風が頬を撫でていった。