礼央と紗奈の別れの場面に出くわしてしまって数日が過ぎた。自分が原因で二人が別れてしまったという事実が、どうしても受け入れられない。僕は何も手につかず、心と体が切り離されたような日々を過ごしていた。
放課後の教室で、何をするでもなく、ぼうっと窓の外を眺める。冬が近づくと日暮れが早く、教室にはオレンジ色の夕日が差し込み、誰もいない机に長い影を落としていた。木漏れ日の斑模様が床に映り、僕の心が細切れになったように感じられた。
僕は赤く夕日で染まった机に突っ伏して、大きくため息をついた。
「おい、なぎっち!」
その時、後ろから声をかけられた。顔を上げると、蓮が僕の顔を覗き込んでいた。いつの間に教室に入ってきたのだろう。
「……蓮」
「どうした? 最近、マジでおかしいぞ? なんかあったのか?」
僕は何を言っていいのか分からず、しばらく、蓮の顔を見つめた。瞳の奥に心配と優しさが混在しているのが見てとれる。そしてゆっくりと口を開いた。
「蓮……。人を好きになるって、どんな感じ?」
急に口をついた言葉に、自分でも驚いた。心の中で押し殺していた言葉が、思わず溢れ出てしまった。
「おぉっ! とうとうなぎっちも、恋をしたのか?」
蓮が急に目を爛々と輝かせて僕に近づいてきた。その表情は冗談めかしていたが、どこか真剣さも感じられた。
「そ、そんなんじゃないよ……」
僕は顔を赤らめてそっぽを向いた。窓ガラスに映る自分の顔が、夕日で真っ赤に染まっているのが見えた。
「え? 誰だよ。クラスの子?」
蓮は僕の前の席の背もたれを抱え込むように座り、僕の顔を覗き込んだ。興味津々の蓮の問いに、息がつまる。何と答えればいいのか。
「もしさ。それが……もし、普通じゃない恋だったら……?」
僕は言葉を慎重に選びながら蓮に聞いた。声が震えるのを止められない。
「普通じゃない? ……まさか、先生、とか?」
「違うっ! そんなんじゃなくて……」
僕はその後の言葉を続けられず、言葉を切った。沈黙が二人の間に広がる。教室に差し込む夕日の光が徐々に弱まっていく。しばらく沈黙が続いた後、蓮がゆっくりと口を開いた。
「もしかして……男子、とか?」
蓮のその言葉に僕の肩はびくりと震えた。机の下で指先が小刻みに震えている。震えを止めることができない。心臓の鼓動が、耳の中でうるさいほどに響いていた。
「…………」
僕は口を開くことができずに俯いた。だが、黙っていることが肯定の答えだと気づいていた。何も言うことができない僕に、蓮はぽんと肩を叩いた。その手はとても優しく、嫌悪など一切感じられなかった。
「別にいいじゃん。好きなら、好きでさ」
蓮の意外な言葉に僕は目を見開いた。そして涙が零れ落ちそうになるのを堪えた。
「……え?」
「お前の人生だろ? 好きなヤツのために頑張れよ。相手もきっとそれを望んでるって」
蓮の言葉が僕の胸を温かく包んだ。まるで凍りついていた心に、熱い陽だまりが差し込んだような感覚。きっと蓮は僕が誰を好きなのかを知っている。小さい頃からそうだった。僕の態度は蓮にいつも筒抜けだ。
だけど、それを言葉に出すことなく、励ましてくれた。その優しさに目頭が熱くなり、涙が溢れた。長い間抱えていた重荷から解放されたような、そんな感覚だった。
「……でも……、みんなに、迷惑……かけるかも……」
グズっと鼻を啜りながら涙声で言った。両親のこと、学校のこと、礼央自身のことも考えると、不安が消えることはなかった。
「誰も迷惑なんてしないって。大事なのは、自分の気持ちに正直になることだろ?」
そう言うと、蓮は僕の頭をくしゃっと撫でた。いつもの仕草なのに、今日はなぜかいつも以上に温かく感じられた。
「……うん。……うん」
僕はみっともないと思いながらも、泣きながら何度も頷いた。小さい頃から慰めてくれる蓮の温かい手と言葉が、僕の心をふんわりと抱きしめてくれるように心に沁みた。