その日は、同僚の中島美弥(なかしま・みや)に付き添ってもらい、家までタクシーで帰った宗津麗(そうづ・れい)だった。
一階が薬局になっているビルの四階に麗が借りているアパートの部屋がある。麗は、薬局の象さんのマスコットを見た。いつもそこに置いてあるものだ。しかし、その時は、ポンピランに見えた。ポンピランは目がクリクリとした愛らしい顔をしているけれど、その時は不気味だった。働きすぎか⋯⋯
2DKのスッキリとした部屋。麗は28歳。最近まで彼氏と同棲していたが、既に出て行っているのでガランとした寂しい印象を覚える。
たしか、美弥は麗より1コか2コ年下だっはず。その美弥がこう提案した。
「麗さん。心配だから、私、今日泊まっていい?」
麗はお言葉に甘えることにした。「ぜひぜひ。そのほうがホッとする」
美弥は少し苛立った口調で、「キャストリーダーひどいですよね。何かって言うと、運営統括の指示、ですもんね」
麗は少し大人の対応。「まあ、まあ。仕方ないとこもあるよね。キャストと運営の板挟みでさ」
美弥に心を許していないわけではないけれど、どこかで愚痴ったことが回り回ってデスティニーランド運営の耳に入るかわからない。用心するに越したことはない。
「でも。いくら、クラシックデーだからって、あんな古いポンピラン、お客さん喜ぶのかな?」
「ねえ」と麗は意を決して聞いた。
「今日体調悪くなったのって、偶然だよね?」
美弥はキョトンとしている。「偶然?」
「い、いや。だから、その、例の呪われたポンピランの着ぐるみの話が⋯⋯」
美弥はいまだに、ピンときていないようだ。
「呪われたポンピラン?なんですか、それ?麗さん、都市伝説とか好きなんですか?」
麗は、「い。いや、この前話したじゃん」という言葉を飲み込んだ。なんだか、良くない世界に足を踏み入れた気分。自分の勘違い?とも麗は思ったけれど、美弥がもしその話を先日したのにも関わらず、今の美弥がその話を知らないことになっているということを確定させるのが末恐ろしかった。
まあ、とにかく、体調が悪いのだ。寝てしまおう。美弥には最近まで彼氏が使っていた布団に寝てもらうことにした。
【つづく】