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第8話 逃避行

「あーもう! こんな時に!」


 ユリアムは、思わず悪態をついてしまった。船の出港が迫っているのに、船着き場への道をならず者たちが塞いでいる。

 さっきマナにやられた男たちを先頭に十人ほど。遠巻きにした街の人の表情からして、この街の迷惑集団だろう。警備兵を呼ぶ声も聞こえる。


「……話し合いで解決できるでしょうか?」

「無理でしょこれは」


 呑気なマナの提案を一蹴したが、ならず者たちもなぜか距離をとったままだ。


「油断するなよ。あのちっこいガキは近づくとやべえ」

「よし、俺がやる」


 進み出たのは、色とりどりのぼろ切れを幾重にも羽織った奇妙な出で立ちの男。その手には、杖。

 ユリアムは、思わず顔をしかめてしまった。

 街にも学校にもたくさんいた、奇抜さと魔法の実力を履き違えた偏見助長魔法使いだ。


 男は杖をこちらに向け、ぶつぶつと何かを呟く。

 詠唱だ。


「下がって!」


 マナに叫び、ユリアムは杖を地面に突き立てた。そしてこちらも詠唱。唱える言葉と意志が繋がり、魔力と混ざり合ったそれは、現象となる。

 すなわち“魔法”である。


 ばちんっ!


 ユリアムの目の前で、男の杖から発射された水の塊が弾け飛んだ。攻撃を防ぐ魔力の壁が、ユリアムとマナを守るように展開していた。


「なにーっ!? お、俺のほうが先に唱えたのに!」


 驚くボロ布男と今の魔法に、我慢できずに叫んだ。


「ちょっと! 今の水魔法何!? 形も汚いし勢いも無い! 基礎が全然なってないじゃない! あとその格好! 初心者が見た目だけ作って練り歩くの、迷惑だからホントやめて」

「う、うるせぇ! 何様だてめぇ!」


 右手の杖で地面をトンと突き、高らかに言い放つ。


「私はユリアム・セゴリン! 七つ星の魔法使いよ!」

「な、七つ星!?」


 ユリアムは胸を張った。もしかしたら、これで驚いたならず者どもが道を開けてくれるかもしれない。

 だが。


「七つ星ってなんだ?」

「スゴいのか?」

「知らん……」


 顔が熱くなるのは、今日だけでもう何度目だろうか。

 七つ星の魔法使いといえば魔法学校だけでなく、王都でも一目置かれるに違いない称号。これだから田舎者は……。

 呆れるユリアムに、ならず者たちが叫ぶ。


「七つ星だかなんだか知らんが、めんどくせぇ! あの女を捕まえろ!」

「うおおっ!」

「えっ、ちょ! うわあっ!」


 迫りくる集団に狼狽えた瞬間、体が浮いた。


「ま、マナ!?」

「逃げましょう」


 マナが両手で自分を抱え上げ、そのまま走り出したのだ。リュックと背中の間、そして膝裏にマナの細腕を感じる。


「危ないので、首に手を回してしっかり掴まってください」

「うぇえっ!?」


 ユリアムは言われるがまま、マナに抱きついた。小さな背中の裏側で、両手でしっかと杖を握る。女の子に抱っこされながら逃げる状況に、頭が追いつかない。

 だが、すべきことは分かる。船に乗らなければならないのだ。


「こ、こっちは船着場と逆方向だよ!」

「このまま道を回り込んで行きます」

「あっうん! でも急がないともう船が出ちゃう!」


 マナは一旦広場に出て左に行き、適当な路地を再度左へ曲がった。


「来たぞ!」

「うわ!」


 先回りしたならず者が二人、路地の先にいた。狭い道に立ち塞がる彼らに、マナは突っ込んでいく。


「きゃあ!」


 ユリアムは悲鳴を上げてしまった。道の端の木箱を踏み台に、マナが壁面を蹴り跳んだのだ。マナの背中越しに、眼下のならず者たちが見えた。

 落下中、不自然に体が浮くような感覚を覚える。直後、予想より軽い着地衝撃。マナは勢いそのまま路地を抜け、広い通りに差し掛かる。

 ユリアムは叫んだ。


「このままあっちに真っすぐ!」

「了解です」


 だが、しつこいならず者たちはまだ追ってきていた。


「待ちやがれ!」

「おーい! こっちだ!」


 野太い声に、次々に仲間が現れる。


「貴様ら! 何してる!」


 警備兵も加わり、後ろは大騒ぎだ。


「ひええ……」


 マナの肩越しに騒動を見て、ユリアムは思わず呻いた。一方マナはペースを落とさず走り続ける。


「……アレがそうですか?」


 正面に目をやれば、運河に浮かぶ船。数十人は乗れそうな、大きな平底船だ。だがそれは既に桟橋を離れ、今まさに出航した所だった。


「アレだけど、もう間に合わないよ!」

「間に合わせます」


 ユリアムの身体が揺さぶられた。マナがさらに加速したのだ。


「待って待って! 何するつもり!?」

「飛び移ります」

「ええっ!?」

「舌を噛まないように!」


 驚く人々の間を走り抜け、桟橋の板を踏む音が連続して響く。ユリアムは無我夢中でマナに抱きつき、歯を食いしばった。


 だんっ!


 ブーツが板を叩く音。遠くなる桟橋が見える。ユリアムはマナの腕に抱かれたまま、川面かわもの上を跳んでいた。


「――〜〜っっ!!」


 悲鳴は、喉の奥から出ることすらできなかった。

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