「でぁっ!」
剣閃を、マナがひらりとかわす。その手が剣の持ち手を掴んだ次の瞬間、騎士の体が宙返りしていた。
「うわああっ!?」
とすん、と騎士は尻もちをついた。落下寸前に、マナが体を引き上げたからだ。
呆然と座り込む騎士に、拾った剣を差し出しながらマナが言った。
「自分の勝ちでいいですか?」
「……あ、ああ。な、何をしたんだ?」
「投げただけです。ユリさん、手首を捻ってるので治療してあげて下さい」
「う、うん」
騎士の右手に杖を向け、回復魔法をかける。
「あ、ありがとうな、嬢ちゃん。……最初のやつが回復魔法を使えるんだが、伸びちまって情けねえ。いや、情けないのは俺も一緒か」
「そ、そんなことないよ! マナが強すぎるんだよ!」
なぜ騎士を励ましているのか、ユリアムはわけがわからなかった。傍らには最初にやられて気絶したままの騎士と、関節技で肩を痛めた二人目の騎士がいる。
そしてマナは、隊長に歩み寄っていた。
「四人目は誰ですか? 隊長さんですか? 二人がかりでも構いませんよ。自分はまだ元気ですし」
「ぬ……ぐ」
唸る隊長の肩から、力が抜けるのが見えた。
「……分かった。恥の上塗りはせん。我々の負けだ」
「特使として認めてくれるんですね?」
「あ、ああ、そうだな」
「では改めて、外交特使として国王陛下への謁見を希望します」
時が止まった。
「ま、待て、そもそも私にそんな権限はない!」
「取り次いでもらうだけで構いません。元々、国王陛下に会うために王都を目指していましたし」
ユリアムも、謁見と聞いた時は唖然としてしまった。だが怪獣探しという目的を考えれば、むしろ理にかなっている。王様の協力が得られれば、大きな力になる。突飛ではあるが。
腕組みした隊長が顔をしかめた。
「しかしだな、身元の不確かなものを取り次ぐなど……」
マナが唐突に、こちらを見た。
「彼女の……ユリアムさんの身元ならどうです?」
「えっ!? 私!?」
全員の視線が、自分に向いていた。
「ユリさんは魔法学校出身の、優秀な魔法使いと聞いています。学校が貴国の管理なら、照会かなにかできるのではないですか?」
「確かに国の管轄ではある。ユリアムとやら、お前は卒業生なのか?」
「は、はい! そうです! ついこの前卒業したばかりです!」
「証明できるか?」
「はい!」
リュックから卒業記念の七つ星メダルを取り出し、隊長に見せる。
「こ、これです!」
「ふむ、確かに七つ星だ。今年の日付に名前。ユリアム・セゴリン。なるほど。だが私には本物かどうか、判断がつかん。盗品の可能性も……」
「本物ですよ隊長」
声を上げたのは、先ほどマナに投げ飛ばされた騎士だ。
「この子の回復魔法は、ここで寝てる若造のものより、ずっとよく効きました。並の魔法使いじゃありません」
「……そいつは星いくつだ?」
「五つ星です」
「なるほど」
隊長がユリアムに向き直った。
「どうやら本物のようだな」
「え、じゃあ……」
頷いた隊長は、マナを見た。
「陛下に取り次いでもらえるよう、努力しよう。そうでなくとも重要参考人として、王都にお前たちを送る」
「ありがとうございます」
「それと、ベノゼラの行方だが……」
「今は、あの街に危険は無くなった、とだけ。詳しいことは、王都で直接報告しても?」
隊長は質問を飲み込むように黙り、不承不承といった面持ちながらも頷いた。
「……分かった、そう伝えておこう。馬に乗れ。ユリアム、うちの平民どもを治してくれたこと、感謝する」
「えっ、あっいや、そんな別に……」
「ちょっと隊長! 平民はひどいじゃないですか! 隊長も特使殿とやってみてくださいよ」
「もうその必要はない! 子どもに負けたお前らは、しばらく平民だ! 歩け! この子らの馬を引け!」
「ひでえ……」
笑い声を背景に、マナがこちらに来た。
「ユリさんのおかげです。助かりました」
「そ、そうかな。えへへへへ……」
こんなに褒められるのは、久々だった。なにより、マナの力になれたのが嬉しかった。
■
最寄りの街に着く前に、日が暮れてしまった。騎士たちが野営の準備をし、マナとユリアムもテントを張る。
ミフ粒子の魔法は、騎士たちに明かしていない。だからマナはテントを出せない。必然的に、同じテントで寝ることになった。
狭いテントの中、マナと並んで横になる。布のすき間から、たき火の光が差し込んでいた。
「疲れたぁ……。まさかこんなことになるなんて……」
「自分もそう思います。でも、いい結果にはなりました。ユリさんのおかげです」
あの時は素直に喜んでしまったが、ユリアムは道すがら考えていた。
「私、メダル見せただけで、なんにもしてないよ」
「そのメダルは、ユリさんが魔法学校で努力した結果じゃないんですか?」
思わず、マナの方を見た。マナは目を閉じていた。
「ユリさんがいなかったら、王様と謁見どころではありませんでした。だから、やっぱりユリさんのおかげですよ」
「……そうかな」
「ええ、そうです」
「えへへ、ありがとう」
「どういたしまして」
しばらくして、マナの寝息が聞こえてきた。ユリアムはまた、マナを見た。寝ているその顔は、あどけなさの残る少女にしか見えなかった。
マナを思う。
なぜ、マナなんだろう?
マナでなければ、いけなかったんだろう?
特別な魔法少女……だとしても、天涯孤独の少女を一人で送り込んで怪獣と戦わせるなんて……。
ニホンを思う。
マナの故郷は、一体どんな国なんだろう?
どんな人たちがいるんだろう?
……どういう気持ちで、マナを送り出したんだろう?
……身体の片側、仄かにマナの体温を感じる。
布越しの暖かさに、不思議な安心感と少しの緊張。だが疲れた身体に引っ張られ、やがて意識は眠りの沼へと沈んでいった。