「……新しい、ですね。二人か。しかしなんだこの複雑な足跡は」
「ここで途切れてる。警戒しろ」
金属の滑る音が連続し、横のユリアムが両手で口を塞ぐ。こちらを見る浅葱色の眼には、不安と恐怖。
マナは即、決断した。
ユリアムの肩を叩き、耳打ちする。
「見つかるのは時間の問題です。まず自分が出ていきます。隠れてて下さい」
「待って……待ってマナ……!」
制止を無視し、マナは大声を出した。
「ここにいます! 今出ていきます!」
両手を上げ、岩陰からその身を晒した。こちらを見た騎士たちが、一斉に身構える。
「子供!?」
「妙な格好だ。魔法使いか?」
「静まれ!」
一喝したのは、隊長らしき口ひげの中年男性。抜き身の剣を右手に携え、前に出る。
「何者だ! ここで何をしている!?」
「自分はマナと言います。遠い異国から来ました。敵意はありません」
「異国の、旅人か?」
「はい。もう一人います。ユリさん」
ユリアムが、恐る恐る岩陰から出てきた。ギロリ、と隊長が睨む。
「女、名乗れ!」
「はひっ! わわ、私は、まっ、魔法使いの、ユ、ユリアムです」
「若い魔法使いの女……と、異国の子供? 妙な取り合わせだ」
訝しげな隊長の目を、反抗的にならないように見返す。
「王都への旅の途中なんです。彼女には、案内役を頼みました。近道と聞いて、自分が封鎖区域に無理やり連れてきたんです」
実際は逆だが。
マナは頭を下げた。
「勝手に通ってすみません」
「異国の者でも、この国の掟には従ってもらいたいものだな! ……しかし、どうやって街を通り抜けた?」
ここは、下手に誤魔化さないほうがいいだろう。
「瘴気は消えていたので、通れました」
「なんだと……!? いや、
隊長の言い方に、マナはわずかに眉を上げた。
……もしかすると彼は、いやこの国は、怪獣の存在を把握しているのか?
「本当です。だから通ったんです」
「……ならば、街に何かいなかったか?」
「というと?」
「大きな魔物か何か、見てはいないか?」
やはり。
マナは確信した。この国は、怪獣の存在を把握している。
――これは、利用できるかもしれない。
「見ました。一つ目の、建物よりずっと大きい怪物を」
「そいつはどうした? 死んでいたのか!?」
ここからは、
「今日は、見ていません。昨日、瘴気から顔を出すのを見ただけです」
「……昨日か。その時、他に何か異変は無かったか?」
「怪物を見て逃げた後、大きな音がして地面が揺れた……そうですよね、ユリさん?」
「えっ!? あっうん! す、すっごい音と揺れでした!」
「ふむ……通報通りか。何かが起きたのは間違いなさそうだ」
やはりマギラと怪獣の戦闘を異変と察知して、偵察に来たようだ。
隊長は、後ろの部下に振り向いた。
「お前たち、街を見てこい。気を付けろよ」
指示を受け、二人の騎士が街の方へと馬を走らせていった。
「まずは確かめさせてもらおう。瘴気と、ベノゼラが消えたのかどうか」
「ベノゼラ?」
「あの怪物の呼び名だ」
ユリアムが、顔を寄せてきた。
「古代語で、“毒の瞳”って意味だよ」
「ほう、博識だな魔法使い」
「え、えへへ」
程なくして、騎士が戻ってきた。その表情は当然、驚きに満ちている。
「隊長! 本当です! 瘴気もヤツも、消えています!」
騎士たちがざわめき、隊長も目を見開いてマナを見た。
「まさか、本当に……」
「ウソは言いません。……ところでベノゼラの行方、知りたいですか?」
隊長の目が鋭くなる。
「……知っているのか?」
「はい。でも教える代わりに、条件があります」
「何だ? 不法侵入の免罪か?」
「いいえ」
マナは息を吸い、言った。
「国王陛下への謁見です」
「……何? 今、何と?」
「この国の王様に会わせて欲しい、と言ったのです」
ユリアムも含め、全員が絶句していた。
「貴様、何を言ってる……? ふざけているのか?」
「ふざけていません。真剣です」
「ならば頭がおかしいのか。どこの馬の骨ともしれぬ子供を、王に会わせるなど……」
マナは胸に手を当てた。
「実は自分は、密命を帯びた母国日本の外交特使です。元々、国王陛下に会う必要があるんです」
「密命? 特使……?」
騎士たちの態度が動揺から困惑、そして嘲笑へと変わる。
「おいおい勘弁してくれ」
「お前のような子供が? もう少しマシなウソをつくんだな!」
反応は、想定の範囲内だ。
「本当です。試してみますか?」
「試す? 何を試すんだ? 食事の作法か?」
「いいえ。決闘です。自分は特使として厳しい訓練を受けてきました。おそらく、あなた方より強いですよ」
「……何?」
笑いが止んだ。
ユリアムが肩を掴む。
「ちょ、ちょっとマナ何言ってるの!?」
「大丈夫です」
マナの予想通り、プライドの高い騎士たちは色めき立った。
「聞き捨てならんな。我々は誇り高きベルガ王国騎士! 愚弄することは許さん!」
「ええ、ですから正々堂々と決闘して、騎士の力を見せてほしいのです。自分には騎士か、騎士を装った平民か分かりませんから」
隊長の唇が震える。
「ほう、ニホンの特使殿は、ずいぶん礼儀正しいと見えるな!」
「光栄です」
顔を赤くした隊長が、後ろを振り向いた。
「おい、若造! 特使殿にこの国の礼儀を教えてやれ!」
「俺ですか!? 子供となんてやりたくないんですけど……」
「何だ? ビビってるのか?」
「子どもに負けたら本当に平民だぞ!」
「ケガしても自分で治せるだろ!」
同僚たちに囃し立てられながら、若い騎士が前に出た。広い道の真ん中で、マナは騎士と向かい合う。
「自分が勝ったら、特使と認めてくれますか?」
「この若造に勝ってから言うんだな。負けたら知っていることを話してもらうぞ」
「はい」
「……武器はどうした? 相手は剣だぞ」
「
隊長は、マナを睨んだ。その表情はもはや怒りを通り越し、呆れの色すら混じっていた。
「ふん、ケガしないうちに降参することだ! おい、相手は特使殿だ! 手加減してやれよ」
「なんで子供なんかと……」
文句を言う騎士を無視して、隊長が片手を上げた。それを見て、騎士も表情を引き締める。
「始め!」
号令と同時、騎士が剣を構えて突進してきた。ごっ、という音と同時にその頭が揺れ、体が崩れ落ちる。
倒れる騎士を抱き止めたマナは、呆然とする隊長を見て、言った。
「勝ちました」