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第21話 交渉

「……新しい、ですね。二人か。しかしなんだこの複雑な足跡は」

「ここで途切れてる。警戒しろ」


 金属の滑る音が連続し、横のユリアムが両手で口を塞ぐ。こちらを見る浅葱色の眼には、不安と恐怖。

 マナは即、決断した。

 ユリアムの肩を叩き、耳打ちする。


「見つかるのは時間の問題です。まず自分が出ていきます。隠れてて下さい」

「待って……待ってマナ……!」


 制止を無視し、マナは大声を出した。


「ここにいます! 今出ていきます!」


 両手を上げ、岩陰からその身を晒した。こちらを見た騎士たちが、一斉に身構える。


「子供!?」

「妙な格好だ。魔法使いか?」

「静まれ!」


 一喝したのは、隊長らしき口ひげの中年男性。抜き身の剣を右手に携え、前に出る。


「何者だ! ここで何をしている!?」

「自分はマナと言います。遠い異国から来ました。敵意はありません」

「異国の、旅人か?」

「はい。もう一人います。ユリさん」


 ユリアムが、恐る恐る岩陰から出てきた。ギロリ、と隊長が睨む。


「女、名乗れ!」

「はひっ! わわ、私は、まっ、魔法使いの、ユ、ユリアムです」

「若い魔法使いの女……と、異国の子供? 妙な取り合わせだ」


 訝しげな隊長の目を、反抗的にならないように見返す。


「王都への旅の途中なんです。彼女には、案内役を頼みました。近道と聞いて、自分が封鎖区域に無理やり連れてきたんです」


 実際は逆だが。

 マナは頭を下げた。


「勝手に通ってすみません」

「異国の者でも、この国の掟には従ってもらいたいものだな! ……しかし、どうやって街を通り抜けた?」


 ここは、下手に誤魔化さないほうがいいだろう。


「瘴気は消えていたので、通れました」

「なんだと……!? いや、……」


 隊長の言い方に、マナはわずかに眉を上げた。

 ……もしかすると彼は、いやこの国は、怪獣の存在を把握しているのか?


「本当です。だから通ったんです」

「……ならば、街に何かいなかったか?」

「というと?」

「大きな魔物か何か、見てはいないか?」


 やはり。

 マナは確信した。この国は、怪獣の存在を把握している。

 ――これは、利用できるかもしれない。


「見ました。一つ目の、建物よりずっと大きい怪物を」

「そいつはどうした? 死んでいたのか!?」


 ここからは、、が問われる。


「今日は、見ていません。昨日、瘴気から顔を出すのを見ただけです」

「……昨日か。その時、他に何か異変は無かったか?」

「怪物を見て逃げた後、大きな音がして地面が揺れた……そうですよね、ユリさん?」

「えっ!? あっうん! す、すっごい音と揺れでした!」

「ふむ……通報通りか。何かが起きたのは間違いなさそうだ」


 やはりマギラと怪獣の戦闘を異変と察知して、偵察に来たようだ。

 隊長は、後ろの部下に振り向いた。


「お前たち、街を見てこい。気を付けろよ」


 指示を受け、二人の騎士が街の方へと馬を走らせていった。


「まずは確かめさせてもらおう。瘴気と、ベノゼラが消えたのかどうか」

「ベノゼラ?」

「あの怪物の呼び名だ」


 ユリアムが、顔を寄せてきた。


「古代語で、“毒の瞳”って意味だよ」

「ほう、博識だな魔法使い」

「え、えへへ」


 程なくして、騎士が戻ってきた。その表情は当然、驚きに満ちている。


「隊長! 本当です! 瘴気もヤツも、消えています!」


 騎士たちがざわめき、隊長も目を見開いてマナを見た。


「まさか、本当に……」

「ウソは言いません。……ところでベノゼラの行方、知りたいですか?」


 隊長の目が鋭くなる。


「……知っているのか?」

「はい。でも教える代わりに、条件があります」

「何だ? 不法侵入の免罪か?」

「いいえ」


 マナは息を吸い、言った。


「国王陛下への謁見です」

「……何? 今、何と?」

「この国の王様に会わせて欲しい、と言ったのです」


 ユリアムも含め、全員が絶句していた。


「貴様、何を言ってる……? ふざけているのか?」

「ふざけていません。真剣です」

「ならば頭がおかしいのか。どこの馬の骨ともしれぬ子供を、王に会わせるなど……」


 マナは胸に手を当てた。


「実は自分は、密命を帯びた母国日本の外交特使です。元々、国王陛下に会う必要があるんです」

「密命? 特使……?」


 騎士たちの態度が動揺から困惑、そして嘲笑へと変わる。


「おいおい勘弁してくれ」

「お前のような子供が? もう少しマシなウソをつくんだな!」


 反応は、想定の範囲内だ。


「本当です。試してみますか?」

「試す? 何を試すんだ? 食事の作法か?」

「いいえ。決闘です。自分は特使として厳しい訓練を受けてきました。おそらく、あなた方より強いですよ」

「……何?」


 笑いが止んだ。

 ユリアムが肩を掴む。


「ちょ、ちょっとマナ何言ってるの!?」

「大丈夫です」


 マナの予想通り、プライドの高い騎士たちは色めき立った。


「聞き捨てならんな。我々は誇り高きベルガ王国騎士! 愚弄することは許さん!」

「ええ、ですから正々堂々と決闘して、騎士の力を見せてほしいのです。自分には騎士か、騎士を装った平民か分かりませんから」


 隊長の唇が震える。


「ほう、ニホンの特使殿は、ずいぶん礼儀正しいと見えるな!」

「光栄です」


 顔を赤くした隊長が、後ろを振り向いた。


「おい、若造! 特使殿にこの国の礼儀を教えてやれ!」

「俺ですか!? 子供となんてやりたくないんですけど……」

「何だ? ビビってるのか?」

「子どもに負けたら本当に平民だぞ!」

「ケガしても自分で治せるだろ!」


 同僚たちに囃し立てられながら、若い騎士が前に出た。広い道の真ん中で、マナは騎士と向かい合う。 


「自分が勝ったら、特使と認めてくれますか?」

「この若造に勝ってから言うんだな。負けたら知っていることを話してもらうぞ」

「はい」

「……武器はどうした? 相手は剣だぞ」

素手これで十分です」


 隊長は、マナを睨んだ。その表情はもはや怒りを通り越し、呆れの色すら混じっていた。


「ふん、ケガしないうちに降参することだ! おい、相手は特使殿だ! 手加減してやれよ」

「なんで子供なんかと……」


 文句を言う騎士を無視して、隊長が片手を上げた。それを見て、騎士も表情を引き締める。


「始め!」


 号令と同時、騎士が剣を構えて突進してきた。ごっ、という音と同時にその頭が揺れ、体が崩れ落ちる。

 倒れる騎士を抱き止めたマナは、呆然とする隊長を見て、言った。


「勝ちました」

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