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第20話 ジエー・タイタイソー

「では、おやすみなさい」

「おやすみ〜」


 まだ早いが、早めに休むことにした。それぞれのテントに入る。


 寝られる気がしなかった。

 今日は衝撃的な出来事ばかりだったのだ。船に飛び移ったのが一生の思い出になる、などと言ったのはつい先日。それを超える出来事がこんなにも早く、しかも続けざまに訪れるとは思わなかった。


 そして一番気にかかるのは、怪獣でもマギラでもなく、マナだった。あの時、家族の死をどうでもいい、済んだこと、と言ったマナ。


 ……ああいうもの、なんだろうか?


 そういう過去を持つ人間に、深く関わった経験はない。それに、ニホンではそうなのかもしれないし、物心つく前の話かもしれないし、疎遠だったのかもしれない。

 だからマナの反応が正しいのか、分からない。分からないが、マナに聞けるはずもない。


 もやもやする気持ちを抱えながら、ユリアムはいつの間にか眠っていた。


 ■


 テントの外の気配に、目が覚めた。まだ早朝だが、布一枚隔てた先で何かが激しく動き回っている……。

 恐る恐る、テントの外を覗く。


「……マ、マナ?」


 インナー姿のマナが背中を向け、奇怪な動きを繰り広げていた。


 手足や上半身、体全体を激しく振り回し、飛び跳ねたりしゃがんだり、直立して止まったかと思えば左右に素早くステップしたり……。

 意味不明な動きを、ひたすら繰り返している。


「え、マナ……え……?」


 異様にキレのあるその動きは、まるで何かに取り憑かれたかのよう。 

 と、マナが上半身を前に倒し、股の間から顔を覗かせた。上下逆さまに目が合う。


「ひっ……」


 思わず、小さな悲鳴を上げてしまった。 

 ユリアムに気付いたはずのマナは、しかし謎の動きを一向に止めようとしない。ユリアムも声をかけるタイミングを失い、静と動、柔と剛の入り混じったその奇怪な儀式を、ただ見守るしかなかった……。


「ふぅ……」


 マナが動きを止めた。どうやら儀式は終わったようだ。それは数分間の出来事だったが、ユリアムにとっては何時間にも思えた。


「おはようございます。すみません、起こしてしまいましたか」 

「お、おはよう、いや、それはいいんだけど……」


 見てはいけないものを、見てしまったのではないか。

 不安にかられるが、マナの様子を見るに杞憂だったらしい。しかし、確かめなければならない。意を決して、問う。


「今の……なに?」

「今のですか? 自衛隊体操です。毎朝の日課です」

「じ、ジエー、タイタイソー?」


 奇怪な儀式は、名前も奇怪だった。


「はい、自衛隊体操」

「……ジエー・タイタイソーとは?」

「うーん、何かと言われると……自衛隊の、体操としか……」


 自衛隊。


「……ああ、ジエータイ。なるほど。マナの、あのジエータイの」

「はい」 

「……もしかして昨日もやってた?」

「はい。ユリさんが起きる前に」

「そっかあ……」


 自分の寝ている間に、マナが……。

 あの謎の儀式を……。

 一人で……。


 ――ユリアムは、忘れることにした。


「うん、よしっ! 朝ごはん、食べよ!」

「はい!」


 食事中、マナが何やら話しかけてくる。しかしユリアムは終始上の空だった。


 ……ジエー・タイタイソーとは、一体?


 あの衝撃的な光景を、忘れることなどできそうもなかった。



 廃墟の外縁、盆地の端。

 瘴気は消えたはずだが、万一毒の気体があったら危険だ……というマナの意見で街の外を行く。


 高台から街を見た。破壊の跡さえなければ、ただの無人の街に見えた。


「静かだね。大きな街なのに、誰もいないんだ」

「そうですね……」


 マナが街に向かって手を合わせた。


「えっ、それイタダキマス?」

「いいえ。同じ所作ですが、これは……死者への、祈りです」

「……そっか」


 ユリアムも手を合わせた。街の住人たちの魂が安らぐよう、祈った。

 穏やかな風が、頬を撫でていった。



 街の反対側から、王都への一本道に入る。こちらは、封鎖区域が広く取られているようだ。


 しばらく歩いたところで突然、マナが片手を横に出した。


「待って下さい。……何か聞こえます」

「えっ?」


 ユリアムには、何も聞こえない。

 マナが地面に耳をつけた。


「それで聞こえるの?」

「しっ……。これは……足音、おそらく馬。複数です」

「こ、こんな所に?」

「隠れましょう」


 二人で近くの岩陰に隠れる。


「と、盗賊とかかな……?」

「確かめます」


 マナがミフロンを出し、道の先に飛ばす。


「いました。……馬に乗った男性、七人。揃いの軽装鎧です。盗賊には見えませんね。騎士、でしょうか」

「騎士なら、馬か鎧に紋章があるはずだよ」

「交差した槍の紋章があります」

「それならこの国の騎士だね! 大丈夫!」

「いえ、ここは封鎖区域の中です」

「あ」


 確かに自分たちは今、いてはならない場所にいる。


「どどど、どうしよう……!」

「自分たち目当てではないでしょう。でも見回りにしては人数が多い。おそらく、昨日の戦いを異変と察知して、偵察に来たんじゃないでしょうか?」

「じゃあ、このまま隠れてやり過ごすの?」

「できればそうしたいところです」


 程なくユリアムにも、馬の足音が聞こえてきた。

 岩陰で二人、息を殺す。


「……停止!」


 心臓が跳ねる。

 馬を降りる音。カチャカチャと鎧が鳴る。


「隊長、どうされました?」

「……見ろ。足跡だ」


 背筋を、冷たいものが走った。

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