言ってから、やってしまった、と思った。
自分の家族のことなど、ユリアムには関係がない。ただのどうでもいい自分語りだ。
「それより、とにかく怪獣は駆除しなければならないんです。分かっていただけましたか?」
「えっ? あ、ああうん。……えっな、何が?」
ユリアムは、見たことのない表情をしていた。日本で自分を見る大人たちの表情に、少し似ていた。
なぜかチクリと、胸が痛んだ。
「すみません、どうでもいい話で混乱を招きました」
「い、いや全然! 私は全然問題ないけど!? あっその、ちが……っ! どっ、どうでもよくもないよ!」
「はぁ……」
ユリアムが一体何を慌てているのか、マナには分からなかった。
どちらともなく、歩き出す。
――沈黙が流れた。
山道に、二人分の足音だけが響く。
会話の始まりはいつもユリアムだった。だがそのユリアムは、黙ったまま。
マナは、改めて後悔した。
なぜ家族の話などしてしまったのだろう。被害者気取りで正当性を主張して何になる。協力者との人間関係が破綻すれば、任務にも影響が出てしまう。
なんとかしなければ。
「あの……」
「えっ何?」
マナはユリアムに向き直り、頭を下げた。
「すみませんでした」
「……えっ?」
返事はない。
と、しゃがんだユリアムが顔をのぞき込んできた。
「……私の方こそ、ごめん。変なこと聞いちゃって」
「いえ、自分が過剰反応したせいです」
「それは、真面目過ぎだよ」
「よく言われます」
「やっぱりね」
ユリアムの人差し指が、額に触れた。指先の圧力が、頭を起こそうとしてくる。
「……ちょっと! なんで抵抗するの! ぐぬぬ、つ、強い!」
「誠意です」
「もう!」
ユリアムが諦めて立ち上がり、マナも体を起こした。ユリアムはいつもの、朗らかな表情だった。
「えへへ。お互いに謝ったし、もう忘れよ! マナも私も無事。カイジュウはやっつけて、瘴気も消えた。良いことづくめだもんね!」
「そう、ですね。……ええ、そうです」
マナは、胸のつかえが消えたのを感じた。目が自然と、ユリアムの表情を追っていた。いつもの、明るい笑顔だった。
「そうだ! あの街が通れるなら王都まで近道できるかも!」
「明日、もう一度行ってみましょう」
「うん、そうしよう! あのね、私王都に行ったらさ……」
マナはユリアムが喋り続けるのを、ただ聞いた。
悪くない気分だった。
■
「マナは、休んでて!」
「でも薪を……」
「私が拾ってくるから! いいから休んでて!」
ユリアムに押し切られ、マナは一人キャンプに取り残された。
手持ち無沙汰だ。
……筋トレでもしようか。
この世界に来てからまともにやっていない。
しかし怪獣との戦いから間もないせいか、どうにもそういう気分になれなかった。
怪獣との戦い。
初めての実戦は、反省点だらけだった。ミフ粒子の復元能力でも、マギラの修復にはしばらくかかる。あんな有様、師匠に見られたら説教では済まない。
それに、あの時の自分。模擬演習でも、あんな興奮状態に陥った経験はない。あれは、なんだったんだろう?
マナは首を振った。
疲れている。未知の環境で、初の実戦だったせいだ。だからユリアムにもあんな対応をしてしまったのだ。言われた通り、休んだ方が良い。
良いはずなのは頭では分かっていた。だが、何かしていないと落ち着かなかった。
手の中に棒状の道具を顕現させる。
昨日も今朝も、ユリアムが火を起こしてくれていた。自分もそうすれば、彼女も喜ぶだろう。
ユリアムのテントを調べ、折り目の間に溜まった糸や埃の塊を拝借する。火口はこれでいいだろう。
焚き付けは昨日の焚き火の燃え残りと、適当な枯れ枝を使う。
ピストンの先端に火口を乗せ、筒の中に強く押し込む。圧縮空気の熱で火口に火が点いたら、それを火種に焚き付ければ良い。
しかし……。
「ふっ……くっ!」
ピストンを押し込むものの、なかなか燃えない。燃えたと思ってもすぐ消えてしまう。
そうこうしているうちに……
「ただいまー。見て見て! 良い枝たくさん見つけたよ!」
ユリアムが薪の束を抱えて戻って来てしまった。
マナは焦りを覚えた。が、気ははやれども火は付かない。
「……? 何してるの?」
ユリアムが薪を組みながら言った。
「すみませんっ、今、火を……」
ボウッ!
不穏な音がした。
マナが顔を上げると、ユリアムが組んだ薪に杖を向けているのが見えた。それは、既に勢いよく火の粉を巻き上げている。
「ん? 火がどうかした?」
何も言えなかった。
目が合ったユリアムが慌てる。
「……えっ、なに? なになに!? 私なんかやっちゃった!?」
「……いえ」
マナは燃え盛る焚き火を見た。そしてもう二度と、ユリアムといる時に火起こしはしまい、と心に決めた。