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第19話 不器用な種火

 言ってから、やってしまった、と思った。

 自分の家族のことなど、ユリアムには関係がない。ただのどうでもいい自分語りだ。


「それより、とにかく怪獣は駆除しなければならないんです。分かっていただけましたか?」

「えっ? あ、ああうん。……えっな、何が?」


 ユリアムは、見たことのない表情をしていた。日本で自分を見る大人たちの表情に、少し似ていた。

 なぜかチクリと、胸が痛んだ。


「すみません、どうでもいい話で混乱を招きました」

「い、いや全然! 私は全然問題ないけど!? あっその、ちが……っ! どっ、どうでもよくもないよ!」

「はぁ……」


 ユリアムが一体何を慌てているのか、マナには分からなかった。

 どちらともなく、歩き出す。


 ――沈黙が流れた。

 山道に、二人分の足音だけが響く。


 会話の始まりはいつもユリアムだった。だがそのユリアムは、黙ったまま。


 マナは、改めて後悔した。

 なぜ家族の話などしてしまったのだろう。被害者気取りで正当性を主張して何になる。協力者との人間関係が破綻すれば、任務にも影響が出てしまう。

 なんとかしなければ。


「あの……」

「えっ何?」


 マナはユリアムに向き直り、頭を下げた。


「すみませんでした」

「……えっ?」


 返事はない。

 と、しゃがんだユリアムが顔をのぞき込んできた。


「……私の方こそ、ごめん。変なこと聞いちゃって」

「いえ、自分が過剰反応したせいです」

「それは、真面目過ぎだよ」

「よく言われます」

「やっぱりね」


 ユリアムの人差し指が、額に触れた。指先の圧力が、頭を起こそうとしてくる。 


「……ちょっと! なんで抵抗するの! ぐぬぬ、つ、強い!」

「誠意です」

「もう!」


 ユリアムが諦めて立ち上がり、マナも体を起こした。ユリアムはいつもの、朗らかな表情だった。


「えへへ。お互いに謝ったし、もう忘れよ! マナも私も無事。カイジュウはやっつけて、瘴気も消えた。良いことづくめだもんね!」

「そう、ですね。……ええ、そうです」


 マナは、胸のつかえが消えたのを感じた。目が自然と、ユリアムの表情を追っていた。いつもの、明るい笑顔だった。


「そうだ! あの街が通れるなら王都まで近道できるかも!」

「明日、もう一度行ってみましょう」

「うん、そうしよう! あのね、私王都に行ったらさ……」


 マナはユリアムが喋り続けるのを、ただ聞いた。

 悪くない気分だった。 



「マナは、休んでて!」

「でも薪を……」

「私が拾ってくるから! いいから休んでて!」


 ユリアムに押し切られ、マナは一人キャンプに取り残された。


 手持ち無沙汰だ。


 ……筋トレでもしようか。

 この世界に来てからまともにやっていない。

 しかし怪獣との戦いから間もないせいか、どうにもそういう気分になれなかった。


 怪獣との戦い。


 初めての実戦は、反省点だらけだった。ミフ粒子の復元能力でも、マギラの修復にはしばらくかかる。あんな有様、師匠に見られたら説教では済まない。


 それに、あの時の自分。模擬演習でも、あんな興奮状態に陥った経験はない。あれは、なんだったんだろう?


 マナは首を振った。

 疲れている。未知の環境で、初の実戦だったせいだ。だからユリアムにもあんな対応をしてしまったのだ。言われた通り、休んだ方が良い。

 良いはずなのは頭では分かっていた。だが、何かしていないと落ち着かなかった。 


 手の中に棒状の道具を顕現させる。圧気発火器ファイアピストンと呼ばれる着火器具だ。あとは火口ほくちと焚き付けがあれば、火を起こせる。


 昨日も今朝も、ユリアムが火を起こしてくれていた。自分もそうすれば、彼女も喜ぶだろう。


 ユリアムのテントを調べ、折り目の間に溜まった糸や埃の塊を拝借する。火口はこれでいいだろう。

 焚き付けは昨日の焚き火の燃え残りと、適当な枯れ枝を使う。


 ピストンの先端に火口を乗せ、筒の中に強く押し込む。圧縮空気の熱で火口に火が点いたら、それを火種に焚き付ければ良い。

 しかし……。


「ふっ……くっ!」


 ピストンを押し込むものの、なかなか燃えない。燃えたと思ってもすぐ消えてしまう。


 そうこうしているうちに……


「ただいまー。見て見て! 良い枝たくさん見つけたよ!」


 ユリアムが薪の束を抱えて戻って来てしまった。 

 マナは焦りを覚えた。が、気ははやれども火は付かない。


「……? 何してるの?」


 ユリアムが薪を組みながら言った。


「すみませんっ、今、火を……」


 ボウッ!


 不穏な音がした。

 マナが顔を上げると、ユリアムが組んだ薪に杖を向けているのが見えた。それは、既に勢いよく火の粉を巻き上げている。


「ん? 火がどうかした?」


 何も言えなかった。

 目が合ったユリアムが慌てる。


「……えっ、なに? なになに!? 私なんかやっちゃった!?」

「……いえ」


 マナは燃え盛る焚き火を見た。そしてもう二度と、ユリアムといる時に火起こしはしまい、と心に決めた。

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