目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第18話 遠くて近く、近くて遠い

 封鎖を乗り越えようとしたとき、竜の手が動いた。


「えっ? 何?」


 胸の前に上げた両手で、こちらを押すような動作。戻れ、の意か。


 なぜだ、と思った。瘴気も消えたし、マナの元へ行って何が悪いのか。竜を指差し、その場で走るように素早く足踏みをする。


 竜は右手を顔の前に立てて、左右に振った。続けて、上げた両手を斜めに交差させる。ダメ、なのか。


「なんでさ……!」


 マナがどこにいるかは分からないが、あの竜の視界からは、こちらがよく見えているらしい。ならばと腰に両手を当て、思い切り不満げな顔を見せつけた。


 それを見た竜はこちらを手で指す。次に前に出した両手を下に向け、上下させた。

 落ち着け? いや……。


「ここで待て……?」


 ユリアムは自分を差し、次いで自分の足元を指差しながら首を傾げた。

 竜が頷きながら、両手で大きく◯を作った。


「ふふっ……」


 ユリアムは息を漏らしてしまった。あんなに巨大な竜と、身振り手振りだけで意思疎通しているのだ。必死なマナを想像するだけで、すべてが許せる気がした。


 ずしん、ずしんと歩いてきた竜は、山の麓で突然消えた。青い光の残滓の中に、マナが現れ落ちていく。


「あっ!」


 中にいた事実と、落ちていくマナに二つの意味で声を上げてしまう。だがマナはふわりと減速し、無事に地上に降り立った。ほっと胸を撫で下ろす。


 ほとんど駆け上がるような勢いで、マナは山頂に戻ってきた。珍しく、その息は少し荒い。


「ユリさん!」

「マナ〜! 大丈夫!? ケガしてない!?」

「自分は大丈夫です。それより、なぜ逃げなかったんですか」


 声に混じる咎めの色が、胸を締め付けた。マナの思うほど、自分に度胸は無い。


「に、逃げたけど、戻ってきたの! マナが心配で……」

「そうでしたか。しかし……」


 マナは言い淀んだが、すぐに表情を緩めた。


「いえ、もう済んだことですね。心配してくれてありがとうございました」

「う、うん。あの怪物はどうなったの?」

「倒しました」

「倒した!? どうやっ……」


 灰銀の竜。


「あの、手を振ってた竜で?」

「竜?」

「ミフロンと同じ色のやつ」

「ああ。はい、そうですね」

「あれは何? それにあの怪物も、何なの? マナは知ってるの?」

「歩きながらでいいですか? 一旦キャンプに戻りましょう」

「あっ、うん」


 山道を下る前に、ユリアムは振り返って盆地を見た。化物の姿は、やはりどこにもなかった。



「そのカイジュウってのを駆除して、ニホンに来るのを防ぐのがマナの仕事……なの」

「ええ、そうです。その原因も探して、出現を止めるのが最終目標です」


 道を歩きながらマナと話す。この道を通るのは、今日で四度目だ。


 マナの使命は、突飛過ぎてピンとこなかった。そもそも“カイジュウ”とやらがよく分からない。それにマナが入っていた、あの灰銀色の竜も。


「あの竜みたいなの、マギラって言ったっけ?」

「はい。あれが、怪獣と戦うための装備です」


 目が回りそうになった。どう見ても、装備品などというレベルの代物ではない。


「装備って……マナがその、マギラを着てるの?」

「着てるというよりは、乗ってますね。魔法で動く機械の乗り物です。正式名称はマインドフォージ・アダプティ……」


 嫌な予感がした。


「待って! それ聞かなきゃだめ? マギラだけでもいい?」

「問題ありませんが……」 


 胸を撫で下ろす。理解力の許容量は保たれた。

 マギラは気になるが、カイジュウと戦うためのマナの武器、という認識でいいだろう。

 次はその、カイジュウだ。


「でその、カイジュウって何なの?」

「人に害をなす巨大な生き物です。何度も日本を襲ったそれらを、自分たちは怪獣と呼んでいます」

「今、マナが戦ってきたのも……?」

「はい。間違いありません。怪獣は死ぬと塵になって消滅します。あの単眼の怪獣も、そうして消えました。そんな生き物を、他に知っていますか?」


 首を振る。死ぬと消えてしまう生き物など、聞いたこともない。 

 それより、“この先にいたヤツも消えた”という言葉が引っかかった。


「……マナはその、カイジュウを殺したの?」

「はい」


 いつも通り淡々としている。

 だからつい、その先の疑問まで言ってしまった。


「殺しちゃって、いいの……?」

「……というと?」


 視線が強くなったのを感じる。でも、勢いづいた口は止まらなかった。


「竜もね、人や街を襲うことがあるの。でもそれには理由がある。同族をひどいやり方で殺されたり、卵を盗んだりすれば、竜は復讐に来るの」

「……」

「あの街を襲ったのは許せない。でも、そのカイジュウにも何か事情があったんじゃないかな?」

「……言いたいことは分かります」


 最後まで聞いてから、マナは口を開いた。


「日本でも、最初は怪獣と共存できないか模索したそうです。餌付けや隔離、意思疎通を試みました……。今でも一部の人は怪獣を殺すな、彼らも自然の一部だと主張しています」

「じゃあ、なんで?」


 マナが息を吸い、こちらを見た。


「怪獣が、食事も睡眠も取らず、繁殖すらもせず、ただひたすらに街や人を襲う存在だと分かったからです。自分の家族も全員、それで亡くなりました」

「っ……!」


 ユリアムは立ち止まった。カイジュウなど、もはやどうでもよかった。

 足元が崩れ落ちるような後悔に、唇が震えた。


「……ご、ごめんなさい。私、知らなくて……」

「いえ、家族のことは、もうどうでもいいんですが」

「えっ?」


 思わず、マナの顔を見た。マナもこちらを見ていた。


「済んだことですし、今更どうしようもありません。それより、とにかく怪獣は……」


 マナは話し続ける。怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えない。見慣れたはずのその顔が、知らない誰かのように見えた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?