「わぁ〜!」
子供のような歓声を上げたのは、船縁から身を乗り出したユリアムだった。
城壁の水門をくぐった先、青空の下には王都の街並みが広がっていた。石造りの建物が無数に連なり、その合間を人々がせわしなく行き交う。
「ねぇマナ! あっ、またそれ読んでるの? ほら見てお城!」
ユリアムに肩を叩かれ、マナは書面から顔を上げた。
ちょうど正面に、白亜の城がそびえていた。陽の光を浴びた尖塔が眩しく輝き、荘厳なその雰囲気は街全体の格式を高めている。
「大きいですね」
「先代の王様が建てたんだよ! 今の王様のお父さんなんだけど、すっごい金遣いの荒い王様で……あっ!」
同乗する騎士たちの苦笑いを見て、ユリアムが口ごもった。ここが言論統制するような国だったら、危なかっただろう。ユリアムはごまかすように辺りを見回すと、街中を指差した。
「み、見てあれ! 街灯がいっぱい立ってるでしょ!
「ゲンユ?」
「魔力を含んだ燃料。魔法でしか火が点かないけど、ちょっとの量ですごく長く燃えるの」
ユリアムは腕組みをして、うんうんと頷いた。
「貴重な幻油灯が、こんなにあるなんてねぇ。やっぱり、王様の統治が素晴らしく行き届いてるんだね!」
聞こえよがしなユリアムの声に、騎士たちが笑い声を漏らした。
お上りさん丸出しのユリアムをひとしきり眺めた後、マナはまた書面に目を落とした。謁見に備えた資料だ。
……が、思い直して資料をバックパックにしまう。
数日間の予習で、内容は頭にたたき込まれている。
試験前の悪あがきはもう十分。
あとは、本番だ。
ユリアムの横に立ち、王都の街並みを見る。国一番の都市というだけあって、今までに訪れたどの街よりも大きい。よく整備された区画や街路樹の立ち並ぶ道も美しく、都市計画の綿密さや民度の高さを感じた。
船が橋の下をくぐる。橋の上にいた数人の子供がこちらに気づき、欄干から身を乗り出して元気よく手を振った。ユリアムが手を振り返すと、子どもたちがきゃあきゃあと歓声を上げる。
船はさらに進み、建築途中らしい建物の横を通る。杖を掲げた人の前で、ブロック状の巨石が宙に浮いていた。
これも魔法なのだろうか。
「気になる?」
ユリアムの浅葱色の眼が、こちらを覗き込んできた。
「ええまあ。あれは、魔法ですよね? 何をしているんですか?」
「あの人は魔法建築士だね。ああやって建物を作るの。私でも、あそこまで重いものは動かせない。物を動かす魔法を極めた、専門の魔法使いしかなれないんだ。特に王都の魔法建築士は、魔法使いの憧れの職業の一つだよ」
「なるほど」
あの廃墟の街を思い出す。あそこにも、大きな遺構がたくさんあった。あれも魔法建築士が建てたものだったのだろう。
やがて、船は城の近くの船着き場に接岸した。そこに待っていたのは、身なりの良い男性。
「ニホンの特使マナ様と、魔法使いのユリアム様ですね。私は王の使いの者です。お迎えに上がりました」
「……ねね、聞いた? ユリアム様だって。私、様付けで呼ばれたの初めて」
「自分もです」
ユリアムの耳打ちに頷きながら、マナは荷物を桟橋に上げる。騎士たちもそれを手伝ってくれた。
「我々はここまでだ」
「二人とも頑張れよ。特使殿、いつかまた技を教えてくれ」
「ええ、機会があれば」
「ありがとう! さよなら!」
送ってくれた騎士たちと別れ、マナはユリアムと共に迎えの馬車に乗り込んだ。豪華なキャリッジの向かいには、使いの男性が座る。
「これから王城に向かい、王との謁見に臨んでいただきます。しかしその前に、お二人には準備をお願いしたいのです」
「準備?」
「お身体の、清めです」
ユリアムとマナは、顔を見合わせた。