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第25話 信頼の証明

 三つ首竜門をくぐり広間の中へ、マナはゆっくりと歩みを進めた。

 両側には、剣と槍を持った騎士が等間隔で列をなす。幻油灯が影もできないほど足元を照らし、高い天井に反響した足音が、自分の存在をいやに意識させる。


 広間の奥、一段高い所には玉座。周囲に侍従や騎士、大臣らしき人々を並べたそこに、この国の王が鎮座していた。


 年の頃は三十代半ばといったところだろうか。王冠を被った頭には短めのブラウンの髪。整えられた髪型と、綺麗に髭の剃られた顔は若々しさを感じさせる。


 服装は王族らしいきらびやかな装飾の服に、金糸が織り込まれた美しい外衣。だが王冠を含め、過度に豪奢なものはない。若々しくも威厳ある雰囲気を損ねない、上品な出で立ちだった。金遣いの荒かったという先代とは違い、質素な気質なのかもしれない。


 広間の中央に立ったマナは背筋を伸ばし、踵を合わせる。まずはこちらの挨拶だ。伸ばした右手をさっと額に当てる。自衛隊式の敬礼だ。


「自分はここより遥か遠く、日本から参りました、藤沢マナと申します! 本日は陛下に謁見できる栄誉を賜り、恐悦至極に存じます!」


 残響が消えたのと同じ頃に、敬礼を解いた。ユリアムの視線を感じる。正面では大臣たちが顔を見合わせ、何やらひそひそと小声で言葉をかわしていた。借りた衣装で、異国の子どもが奇妙な挨拶をしたからだろう。あまり、いい印象ではない。


 一方、王は微笑みながら小さく頷くだけ。感触は悪くない。その視線が、少しだけ横にずれる。隣から、息を吸う音が聞こえた。


「わわ、私はま、魔法ちゅか、魔法使いのっ……! ユ、ユリアム・セゴリンと申し上げます! 王さ……へ、陛下にお会いできて、あっ、さ、させて頂き、その……あ、ありがとうございます!」


 頭を下げたユリアムの耳が、沐浴の時のように真っ赤になっていた。王が口元に手を当てて肩を揺らし、大臣たちも息を漏らす。

 マナは心の中で、ユリアムに感謝した。張り詰めた空気が、一気に和らいでいた。


 場が落ち着くのを待って、王が立ち上がる。


「特使マナ殿、遠路はるばるよく来てくれた。ユリアム、そなたも特使殿の付き添い、大儀であった。私がこのベルガ王国国王、ベルガモール・ロアリー・ラフェリアスだ」


 威厳ある声が広間に響いた。挨拶を終えた王は玉座に腰を下ろす。


「私は堅苦しいのは嫌いでな。まあ、先程の挨拶で堅苦しさは無くなったが、特使殿も少し肩の力を抜かれてはどうかな?」

「ありがとうございます」


 マナは直立不動の姿勢から少し力を抜いた。ユリアムは、ますます恥ずかしそうに俯いている。


「さて、特使殿。単刀直入に聞きたい。……我が国に何をしに来たのだ?」


 まずは正面からの一手。真っ向から応じるのが礼儀だ。


「怪獣出現の原因を探し、日本とその国民を守るために来ました」

「カイ、ジュウ……?」


 いぶかしむ王が横を見るが、側近も目を伏せて首を振った。

 再び王の視線を受けたマナは、疑問に答える。


「怪獣とはここ数年、日本を襲っている巨大な生き物たちのことです。陛下もご存知のはずです。山あいの街を滅ぼし、瘴気を撒き散らした巨大な生き物を」

「……ベノゼラか」


 王の視線を、マナは受け止める。


「はい。あれも、間違いなく怪獣です」


 大臣達がざわめく。

 王が顎を撫でた。


「ふむ、我が国もあやつには困り果てていたところだ。なるほど、怪獣か。時に、特使殿は消えたベノゼラの行方を知っていると聞いているが?」

「はい」


 そこでマナは言葉を区切り、はっきりと言った。


「ベノゼラは、自分が倒しました」

「!」


 ざわめきが広間に反響する中、王も玉座から身を乗り出した。


「倒したと!? あの、ベノゼラを!? 特使殿が? 一人で?」

「はい」

「証拠は? 死体はどうした?」

「ありません。怪獣は死ぬと、塵になって消えてしまうのです。ベノゼラの死によって、瘴気も消えました」

「……」


 王の表情は、判断に迷っている。材料に乏しいのだから当然だろう。ベノゼラが突如姿を消し、マナが現れた。事実としてはそれだけなのだ。

 王が、思案の間を埋めるように口を開いた。


「……ヤツを討伐しようと、何人もの騎士や魔法使い、傭兵を送り込んだ。だが、誰も帰ってこなかった。だから民にヤツの存在を隠し、あの街を封鎖したのだ。いつ他の街を襲うか、戦々恐々としながらもな」

「そうでしたか。国のため、命を散らせた方々にお悔やみを申し上げます」


 マナの弔意に、王は片手を上げた。


「気遣い、感謝する。本当にヤツが死んだのならば、命を落とした者たちも多少は浮かばれよう。私も一つ、肩の荷が下りた」


 王が言葉を切った。


「だが納得はできない。失礼を承知で言うが、特使殿に、あの巨大なベノゼラと渡り合う力があるとは到底思えぬ。どうやって倒したのだ?」

「今は、言えません」


 なんと無礼な、という呟きが玉座の後ろから聞こえてきた。

 王は王で、顔をしかめる。


「今は?」

「はい。が来ればお話します。日本と貴国の、今後に関わりますので」

「……ふむ」


 王は、それ以上聞いてこなかった。慎重かつ思慮深い性格……とマナは判断する。

 おもむろに、王はマナから視線をずらした。


「ユリアム」

「ひゃいっ!?」

「ふふ、そう緊張するでない。お前も、我が国の大切な民の一人なのだ。ましてや、七つ星の魔法使いともなれば貴重な人材。取って食ったりはせんよ」

「あっ、そのっ、あ、ありがとごじゃます……」


 ユリアムから情報を引き出すつもりだろう。それは想定通りだった。


「お前は、特使殿がベノゼラと戦い、倒す所を見たのか?」

「い、いえ、見てないです」

「そうか。では特使殿の言うことは、本当だと思うか?」

「はい」


 ユリアムの即答に、マナはゆっくり息を吐く。王が身を乗り出した。


「ほう、なぜそう思う? お前は道案内を頼まれただけだろう? 特使殿は信頼できるのか?」

「マナは……」


 分岐点だ。

 ユリアムが何を言うか。

 マギラか、魔法少女の力か、それとも……。


「マナは、すごくいい子だから……です」


 思わず、横を向きそうになった。王や大臣たちは、キツネに摘まれたような顔をしている。


「いい子、とな?」

「はい。マナは私を何度も助けてくれました。見返りが無くても、自分の身が危なくても。それはたぶん、マナが優しい、いい子だから……と思うんです」

「だとして、なぜベノゼラを倒したと信用できる?」

「本当に倒していて、安全だと分かっていないと、わざわざ私を連れてあの街を通らない、と思うので」

「……なるほど、な。どうやって倒したのかは分からない、のか?」

「う……」


 ユリアムの視線を感じるが、マナは正面から顔を逸らさなかった。王の、貫くような眼差しから。

 搾り出すようなユリアムの声を、ただ聞く。


「み、見てないので……」

「……そうか」


 王は、それ以上問い詰めなかった。代わりにマナを見ながら、ほんの少し頷いた。

 マナは、一瞬目を伏せてそれに応えた。


 上々だ。


 ユリアムはマナを信じてくれた。マナは、ユリアムが何を言っても問題ないという態度を王に示した。

 それは、お互いの信頼関係だ。王も、ユリアムを問い詰めないことでそれを認めた。マナの期待通りに。


 今必要なのはベノゼラ討伐の証拠ではなく、なのだ。ただマギラを見せたとしても、それは得られない。そのための、マナと王の信頼関係の構築は、ユリアムを通して行われた。純朴極まりない当人の、知らぬうちに。


 そしてマナは確信した。ラフェリアス王は、確かに名君だと。


「分かった。七つ星の魔法使いが信ずるのなら、私も特使殿を信じよう」


 大臣たちがざわついた。


「王!」

「聞いたこともない国の、それもこんな小娘の戯言を信じるのですか!?」


 苦言にも、王は余裕の態度を崩さない。


「事実として、ベノゼラは瘴気もろとも消えたのだ。そして今直接話して、私が信じるに足ると判断した。それで良いではないか。それとも、何か他の原因に心当たりでも?」


 残響が消える。

 沈黙は同意、と王はマナに向き直った。


「特使どの、ベノゼラは我が臣民の仇でもあった。改めて、感謝しよう」


 王の言葉に、マナは礼を返した。


「良かったね、マナ」


 同じく腰を折ったユリアムの小声に、下に向けた顔が思わず緩んだ。

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