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第2章

 翌日、覚はいつもよりもずっと早起きをして家を出た。辺りを見渡しながら学校までの道のりを注意深く観察するように。

 最初の違和感は学校での事だ。

 教室に入りいつものように後ろのロッカーにランドセルを置きに行こうとしたその時、ふと掲示板に貼ってある一枚の掲示物が目に止まった。

 それは来週行く社会科見学の栞だったのだが、行くはずだった神社の名前が、何故か空欄になっている。

 ここは元々空欄だっただろうか? はっきりとした記憶はないが、急遽行き先を変更したとも考えられるので、そこまで不思議には思わなかった。

 首を傾げながら席につき、一時間目の準備をしていると国語の先生が教室にやってくる。

 国語の教師は天然で、いつも何かボケるから覚も大好きだ。

「えー、ほんならこないだの続きからやな。53ページから秋山」

「はい」

 クラスメイトが立ち上がり教科書を掲げて読もうとするが、指定されたページを開いて首を傾げている。

 何かあったのかと思ってページをめくり確認すると、そこにあったであろう物語と挿絵がごっそりと消えていた。

「せんせー、ページが無くて読めませぇん」

 秋山の言葉に担任もページをめくり「落丁か?」などと言っているが、そんな事あるはずがない。このクラスになってもう半年以上も経つのに、全員の教科書からそこだけ消えていて今まで誰も気づかないなんてありえない。

 これだけのページが消えているのに、どうして誰も不思議がらない? どうして誰も気づかなかった? そもそもそこには何が書かれていた? 思い出せない。昨日受けた授業の続きなのに。

 まだ五年生の覚でさえこれだけの疑問が浮かぶのに、それでも教師やクラスメイト達はいつも通り授業を進めようとする。その光景が異様だ。

「まぁええわ。ほんなら今日はちょっとこの村の話しでもしよか。ここには昔から不思議な言い伝えが沢山あってな、昔この土地にはそれはもう高名な、なんやほれ、誰が住んでたんやったか……ああもう、歳やな! 言葉が上手いこと出てけぇへん!」

 担任の一言にクラスがドッと湧いた。

 この村の言い伝えは覚もよく知っている。この土地には昔、神様が降り立ったとされる場所があるらしいのだ。詳しい場所は知らないが、そこには何の概念も無いという。

「あかん。今日調子悪いな。そう言えばお前らはあれ参加するんか? ほれ、もうじき秋やんか。豊穣の踊り……なんやったかいな。あの、屋台やらが出る……」

 先生の言葉にクラスメイト達は首を捻っている。それは多分、豊饒祭の事だろう。盆踊りの事が言いたいのだと気付いた覚は、いつもの調子で先生に声をかけた。

「せんせー、しっかりしてやー! 秋祭りやんか! 盆踊りの事やろ?」

 ところが覚の言葉を聞いて先生もクラスメイトも変な顔をしている。

「なんや、それ」

「なんやって……いや、だから盆踊り……」

「盆持って踊るんか? どんな踊りやねん!」

 その言葉にまたクラスが沸いたけれど、覚は笑えない。

 どうやら先生もクラスメイトも、盆踊りや秋祭りの事を単語ごとすっかり忘れ去ってしまっているらしい。そしてその事を覚だけが自覚している。

 その事に確信を持ったのは、休憩時間の時だった。

 覚は昼休み、それとなくクラスの連中に色んな言葉を聞いて回った。

 すると、誰も『祭り』や『神話』『神』などの言葉を一切合切忘れてしまっていたのだ。

 急いで辞書を引いても無駄だった。どこにもそれらしい単語は記されていない。

 辞書の中の不自然に空いたスペースには、何かがあった名残だけがインクの滲みとして残っている。

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