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第4話


その後の数日間――

御門宗一は本当に病院に通い続けた。


毎日決まった時間に姿を現し、胃にやさしいお粥を差し出し、包帯を丁寧に替え、

夜中に痛みで朱音が目を覚ませば、何も言わず、その手を握ってくれることさえあった。


もしこれが昔の羽瀬川朱音だったら、

どれほど喜んでいたことだろうか……。


けれど今、彼女の胸の内はただの空洞。


――そっか。六年も愛した人を手放すのは、意外と簡単なんだ。



退院の日。


朱音が駐車場へ向かうと、宗一の車の助手席に座る少女が目に入った。


……御門梨花。


彼女は、朱音に気づくなり、あからさまに嫌悪の色を浮かべて睨んだ。


宗一が眉を寄せて注意する。

「梨花……前に話したこと、もう忘れたのか?」


すると梨花は、唇を噛みながら目を潤ませ、不機嫌そうにぽつりと言った。

「……ごめんなさい、朱音さん。あの時は、本当に……飲みすぎちゃって……。

 お兄ちゃんが結婚してから、全然会ってくれなくなったし……

 ずっと、朱音さんばかりで……それでちょっと、感情的になっちゃったの……」


宗一は、無言で朱音に視線を向けた。

「梨花、しばらくうちで過ごしたいそうだ。……これを機に、仲良くしてくれ」



帰りの車中――

梨花と宗一は前列。


朱音は後部座席で、窓の外を眺めていた。

ただ、視界の端に、ずっと宗一の横顔が映っていた。


あの“無欲”と評された顔が……ときおり、梨花の方へと向けられる。


スマホをいじっていた梨花が、ふいに笑い声を漏らした。

「ねぇ、お兄ちゃん。さっきこの人と連絡先交換しちゃった。見て、イケメンじゃない?」


宗一の手が、ハンドルの上でぴくりと反応した。

「……消せ」

「なんでぇ?」


梨花はむくれて唇を尖らせる。

「私もう二十歳超えてるんだよ? 恋愛くらい自由でしょ?」


「いいから、消せ」

その声は低く、明確な怒気が込められていた。


梨花は渋々スマホの画面を操作しながら、ぶつぶつと文句をこぼす。

「もー、彼氏より厳しいじゃん……」


宗一はそれ以上言葉を返さなかった。


だが、朱音の目には見えていた――彼の表情が、明らかに強張っていた。

……それは、嫉妬の色だった。



家に着くと、羽瀬川朱音は食事も摂らず、自室へ引きこもった。


ドア越しに聞こえる、食器の音。

梨花の楽しげな笑い声。

テレビから流れる、恋愛ドラマの甘ったるいBGM。


――それは、朱音が宗一と結婚して二年間、一度も味わえなかった「家庭の音」だった。


布団に潜り込みながら、朱音の心臓はぎゅう、と締め付けられるように痛んだ。


どれくらいの時間が経ったんだろう。

外の音が落ち着き、ようやく静けさが戻ってきた頃、

喉の渇きを感じ、朱音は水を取りに部屋を出た。


――が。


ドアを開けた瞬間。

目の前に広がった光景に、身体が凍りついた。


月明かりの差し込むリビング。


その光の中に、御門宗一がいた。

彼はソファの前にひざまずき、眠る梨花を、ただ見つめていた。


まるで、神を崇める信徒……

いや。

神に恋をしてしまった人間のような顔だった。


梨花が寝返りを打ち、半ば無意識のまま彼の首に腕を回した。

「……お兄ちゃん、梨花のことを嫌いにならないで……梨花には、もうお兄ちゃんしかいないの……」


甘えるように、彼の首を引き寄せた。


そして――

彼女の唇が、彼の唇に、そっと触れた。


宗一の瞳が見開かれ、呼吸が乱れる。


そして――

それまで張り詰めていた理性の糸が、ぷつりと切れた。

彼はもう、抗うことすらやめた。


その唇を――

貪るように、深く、激しく、重ねた。


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