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第12話

その後の数日間、梨花はまるで磁石のように宗一に張り付いていた。


「お兄ちゃん、あのお店のバッグかわいい〜! ほら、一番高いやつ!」

甘えるように指をさすと、宗一は無言でカードを差し出し、店員に購入を命じた。


「インスタで見た新しいレストラン、行きたい〜!」

予約困難で長蛇の列ができていても、宗一は何も言わず、二時間の待ち時間に付き合った。


「急に行きたくなっちゃった、遊園地」

その一言で、宗一は予定していた会議をすべてキャンセルし、メリーゴーランドに彼女と並んで乗った。


梨花はまるで、恋人に甘やかされる少女のように振る舞い、宗一はそれを否応なく受け入れた。


「月がほしい」と言えば、彼はプラネタリウムを買い取ってでも差し出すだろう。


――けれど、

彼の瞳は、どの瞬間も笑ってはいなかった。



ある日、ふたりは有名なカップル向けのレストランに足を運んだ。


宗一は途中で電話のために席を外した。


梨花はデザートを平らげ、そろそろ出ようかと席を立ったそのとき――

偶然にも昔の同級生とばったり出くわす。


「梨花!? えっ、超偶然!」

声をかけてきた彼女は、後ろをちらちら見ながら尋ねた。


「……で、さっき隣にいた人、もしかして……彼氏? めっちゃイケメンだったんだけど!」


梨花は顎を上げ、誇らしげに言った。

「うちのお兄ちゃん」


「えっ!? 兄だったの? やだ〜! 完全に彼氏かと思った!」


同級生は声をひそめ、驚きを隠せない様子で言った。

「え〜でもさ、ずっと横にいて、お皿も取ってあげてたし、エビも全部剥いてくれてたじゃん! 見てたこっちがキュンキュンしたわ!」


褒められてご機嫌になる梨花。

笑顔がどんどん深くなる。


「しかもさ……あの目……完全に“彼女を見る目”だったよ〜!」


同級生が茶化すように言ったその瞬間――

梨花の笑顔が凍りついた。


「違うよ」即座に遮り、ぶっきらぼうな声で言い放つ。

「何言ってんの、実の兄だよ」


「あっ……うん、ご、ごめん……」

気まずくなった空気の中、同級生はそそくさと去っていった。


梨花がふと振り返ると、いつの間にか宗一が戻っていた。

何も言わず、ただ静かに彼女を見ている。


慌てた彼女は笑顔を作って駆け寄る。

「お、お兄ちゃん、電話終わったの?」

「ああ」


「さっきの……聞いてた?」

不安げに探るような口調。


宗一は口元に薄く笑みを浮かべ、優しげに言った。

「……何か、聞くべきことだったか?」


梨花は安堵し、「なんでもないよ、行こっ」と明るく言った。


だが――

宗一が自然に伸ばした手を、梨花は一瞬戸惑ってから、そっと避けた。


「え、えっと……人多いから、車の中で、ね……」


宗一は何も言わず、静かに手を下ろした。


車に乗り込む直前、宗一はふとレストランの看板を見つめた。


その視線をたどって、梨花も同じ方向を見る。

「お兄ちゃん?何見てるの?」


宗一は一瞬だけ黙っていたが、やがてぽつりと「……なんでもない」と答えた。


――このレストランは、かつて朱音が「一緒に行きたい!」と何度もせがんだ店だった。


渋々連れて行ったあの日。


朱音は彼の好みに合わせて選んだ控えめなワンピースを身にまとい、山のような料理を頼み、満面の笑みで迎えてくれた。


二時間も遅れてきた彼を、朱音は一言も責めなかった。

――「いっぱい頼んじゃった! 冷める前に食べよ?」


あのときの彼女の瞳は、世界でいちばん幸せそうに輝いていた。



――「お兄ちゃん?」

梨花の声に現実へ引き戻され、宗一は目を伏せて無言で車に乗り込んだ。



夜――

二人は御門家の本家に戻って夕食を囲んでいた。


宗一の両親はまだ朱音との離婚を知らず、当然のように尋ねてくる。


「朱音ちゃんは? 今日は一緒じゃないの?」


宗一が答えようとする前に、梨花が先に口を挟んだ。

「用事があって、今日は来られないの!」


父は納得したように頷き、話題を変える。

「梨花、君もそろそろ良い縁談を考える年だ。候補を何人か挙げておいた。今度写真見せるよ」


梨花は一瞬ぎこちなく笑い、そしてすぐににっこりと微笑んで応える。

「うん、パパの言うことならなんでも聞くわ」


その返事とは裏腹に、テーブルの下で宗一の手をきゅっと握る。


「心配しないで」

――そう言っているように。


宗一は何も言わず、ただ視線を落とした。



帰りの車内――

梨花は助手席で甘えるように話しかける。


「さっきパパが言ってた話、あれは適当に合わせただけだからね?怒ってないよね…?」


宗一は前を向いたまま、淡々と返す。

「…ああ」



その夜――

風呂から上がった宗一が寝室の扉を開けると――


そこには薄いネグリジェ姿の梨花が、当然のようにベッドに横たわっていた。


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