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第15話


宗一の足が止まり、低く呟いた。

「……彼女は海外に行った。今から迎えに行く」


「戻ってきたら、久しぶりに顔を見せに来なさい」

御門父は笑って言った。


「朱音は本当にいい子だ。以前な、俺が仕事でちょっと落ち込んでいたとき……骨董の茶器をオークションで手に入れて慰めてくれた。

 母さんの不眠症にも、毎週一緒に治療院に付き添っていたんだ。家族以上に家族なんだ」


宗一の呼吸が止まりかけた。

……そんなことまでしてくれていたとは知らなかった。



ちょうど玄関の外に向かおうとしたその時、宗一の手下に連れられて、梨花が戻ってきた。

真っ赤に腫れた目、ぼろぼろの顔。


宗一の姿を見た瞬間、彼女は駆け寄ってきて腕にしがみついた。

「……お兄ちゃん、行かないで……お願い……」


震える声で懇願する。

「昨日のことは忘れよう? もう一度やり直そう? ね?」


宗一は、彼女の手元を一瞥し、低く静かに言った。

「――じゃあ、今すぐお父様とお母様に、私たちの関係を話そうか」


梨花の手が、ぴたりと止まり――

そして、力を失ったように離れていく。


唇を噛み、何も言えなくなった彼女に対し、宗一はその手をそっと押し返した。

「梨花……兄として、これ以上は甘やかせない。

プライドを捨ててまで愛すること、私にはできない。

縁談相手は、私が選んでおいた。これから私たちは――ただの兄妹だ」


彼の声は柔らかかったが、そこには一切の迷いがなかった。

「朱音を迎えに行く。そして……もう二度と、彼女に手を出すな。

――私は、もう君の味方ではない」


背を向けた宗一の足取りは、決然としていた。


梨花は、その場に立ち尽くし――

唇を噛み、ぽたり、ぽたりと涙を落とした。



十二時間のフライト中、宗一は一睡もできなかった。


朱音が好きだったチョコレート、香水、高級なジュエリー、そして――新しい結婚指輪まで用意した。


空港に着くとすぐに車を手配し、執事が送ってきた住所、ドイツの羽瀬川家の別荘へと向かった。


窓の外の風景が高速で流れ去っていく。

胸の鼓動が、なぜか早まる。


彼は再会の場面を、幾度も想像してきた。


怒った顔で彼を追い返すかもしれない。

泣きながら「なんでもっと早く来なかったの」と責めるかもしれない。

あるいは、昔のように笑って飛び込んでくるかもしれない――


……だが、

そのすべての想像は、別荘の門前で粉々に砕け散った。


ドアに手をかけた宗一の動きが、凍りつく。


ガーデンの中――

朱音は、知らない男と唇を重ねていた。


あの、彼が「派手すぎる」と言った赤いドレスを身にまとい、長い髪を風に踊らせながら、背伸びしてその男の首に腕を回している。


男は朱音の腰を引き寄せ、深く――心から、彼女を抱き締めていた。

陽の光が彼らを優しく照らし、あまりにも美しく、まぶしかった。


朱音は目を閉じ、唇を重ねながら、笑っていた。

その表情は、宗一が一度も見たことのないものだった。


熱く、自由で、何のためらいもない――

まるで二十歳のあの頃、初めて出会ったあの朱音のようだった。


宗一は車の外で立ち尽くし、無意識のうちにドアノブを握りしめる手が、白くなるほど力が入っていた。


喉が詰まり、胸の内で熱が暴れ出す。

「……羽瀬川朱音」


低く、冷たい声が風に乗って響いた。


その声に気づき、二人は驚いたように身を離した。

男がゆっくりと振り返る。


陽光に照らされたその輪郭、切れ長の目元が美しく整っていた。

ラフな黒いシャツを着て、第一ボタンは外れ、鎖骨がちらりと見える。


琥珀色の瞳が、どこか挑発的に笑っていた。

「……御門宗一?」


男は肩をすくめ、まるで懐かしい友人にでも再会したような口ぶりで続けた。

「まさか、君がここに来るとはね」


宗一の目が鋭く細まり、温度が急速に下がっていく。

――久我惟成(くが いせい)。


羽瀬川尚人の親友であり、久我家の跡取り息子。

享楽的で、傲慢で、気まぐれな“チャラ男”。


「……答えろ。…君たち、今何をしていた?」

宗一の声は氷のように冷たく、鋭く刺さった。


惟成は、わざとらしく肩をすくめた。

「見りゃ分かるだろ? キスだよ」


そして――挑発するように、微笑んだ。

「そうそう、言い忘れてたけど――朱音は今、今俺と付き合ってんだ」


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