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第17話


御門宗一の胸が激しく締めつけられ、喉の奥が詰まったように、言葉が出てこなかった。


羽瀬川朱音は彼を見つめながら、平静すぎる瞳で言い放つ。

それは、もはや残酷とすら思えるほど冷ややかだった。


「御門宗一、


 もし、これまであんたへの“好き”が百点満点だったとして――この6年間で、あんたはその点数をきれいさっぱり削り取ったわ。


 御門梨花が好きだったのに、私を騙して結婚した――マイナス10点。


 私の誕生日、あんたは梨花と買い物に出かけた――マイナス10点。


 私が39度の高熱を出した夜、あんたは彼女の誕生日プレゼントを選んでた――マイナス10点。


 彼女に頭を割られても、罰はたった一日の外出禁止――マイナス20点。


 髪を切られ、100回打たれても、あんたは彼女を庇った――マイナス30点」


――ズタズタに切り刻まれるような言葉が、容赦なく心臓を抉る。



「もうゼロどころか、マイナスよ。 私の心には、もう“御門宗一”という名前は残っていないの」


宗一は息を詰まらせ、手先が微かに震えた。


「過去に私が君をないがしろにしてたのは……認める。……変わるよ。

 でも、腹いせに適当な男と付き合うな」


そう言いながら彼女の手を取ろうとしたが、朱音は一歩下がってその手をすり抜けた。


「惟成さんを選んだのは腹いせなんかじゃない。私は彼が好きなの」

「……嘘だ!」宗一の声が鋭くなる。


朱音は静かに笑って言った。

「じゃあ、信じさせてあげる」


そう言いながら、朱音は久我惟成の手を取り、階段を上がっていった。


やがて二階のシアタールームからは、テレビの音と朱音の楽しげな声が聞こえてきた。


「惟成さん、イチゴ食べたい~

 このドラマの主人公かっこいいかも!でも惟成さんの方がずっとイイ!

 きゃっ!やめて~、くすぐったいってば!」


宗一は一階でじっと立ち尽くしたまま、胸がぎゅっと締めつけられるような痛みを覚えていた。


――数年前、朱音が自分にも同じように甘えていた時のことを思い出す。


あのとき、彼はなんと言った?

――「一緒にテレビ見ようよ」

――「邪魔するな。忙しいんだ」


かつて拒んだその“甘え”を、彼女は今、別の男に向けて惜しみなく与えている。


それが、どうしようもなく、胸を刺した。

名付けようのないこの感情――ただ一つ言えるのは、


苦しい。

とても、苦しい。


その感情に、宗一自身すら戸惑っていた。


横でワインを揺らしながら尚人がニヤニヤと呟いた。

「それ、まだ前菜だぜ? その顔じゃ、メインディッシュには耐えられないんじゃないか? いいか、お前と朱音はもう終わったんだよ」


宗一は冷たい顔で尚人の手を振り払った。

「しばらくここに住む。彼女を連れ戻すまで、絶対に帰らない」


尚人は肩をすくめた。

「好きにしろ」



――その後の数日間。

宗一は“見せつけられる”日々を過ごすこととなった。


朝食では、惟成が朱音にジャムを塗ったパンを「あーん」と差し出し、

庭では、朱音が惟成の背中に飛び乗って笑いながらぐるぐる回る。

夜になると、彼は彼女を部屋の前で抱きしめ、熱く口づけを交わした。


尚人はそのたび、皮肉を忘れない。

「顔色悪いな、眠れなかったのか?」


このままでは駄目だ――そう感じた宗一は、ある日、二人がオークション会場に行くと聞き、尾行を決意する。


その会場で、朱音が気に入ったブルーサファイアのネックレスに目を留めた瞬間、

宗一は即座に手を挙げる。

「一千万」


すぐに惟成が続いた。

「二千万」

「三千万」

「四千万」


競りは止まらず、ついに惟成が落札が決定した。

朱音は嬉しそうに彼に口づける。


「も〜、そんなにお金使わないでよ〜!」


惟成は彼女の腰を抱き寄せ、余裕たっぷりに笑った。

「好きな人に使う金なら、いくらでもある」


宗一の顔は黒く染まり、その後のすべての出品物に札を入れ続けた。

途中、電話のために会場を離れると、廊下で耳に入ったのは社交界の女たちの噂話だった。


「御門家の長男、女性に興味ないって聞いてたけど?」

「離婚したってよ。前妻が今、久我家の若様と付き合ってて、後悔したらしいわ」

「今さら? ずっと冷たくしてたのに、今になって好きとか、遅すぎじゃない?」


 ――“好き”?

 その言葉に、宗一は硬直した。


自分が感じていたこの猛烈な嫉妬、焦燥、不安……

これはつまり――恋?


だが、考えがまとまる前に、彼は会場に戻る。

しかし朱音と惟成はすでに姿を消していた。


彼が競り落とした高額な品々すら、朱音は一瞥すらせず。

怒りのあまり、宗一はまっすぐ羽瀬川家に戻った。


だが――

玄関を開けたその瞬間、上階から響いてきたのは甘く、熱を帯びた声だった。

「あっ……惟成さん、やさしくして……」


瞳孔が収縮する。

怒りと動揺に突き動かされ、階段を駆け上がり、寝室のドアを蹴り開けた。

「何してるんだ!」


そこには、上半身を脱ぎかけた朱音がベッドに仰向けになり、

彼女の上に覆い被さる惟成と、唇を重ねていた。


音に気づき、惟成は朱音を庇うように体を起こし、薄く笑った。

「……御門さーん、人の部屋に入るとき、ノックくらいしましょうよ?」


御門宗一の目に血が滲み、怒りに身を任せて、

惟成の襟首を掴み、拳を振り下ろした――


――ドンッ!



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