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第3話 縁結び

 数日後、僕は病院を退院した。まだ手首がチクチクしたけど、お母さんの笑顔を見て安心した


「いいお天気だね」

「台風がいなくなったからね」


 家に帰る車の窓から、干上がった用水路が見えた。『なんで水がないの?』『用水路の掃除をするからよ』川の水はせき止められ、用水路の川底が見えていた。そこには、水苔の生えた石が剥き出しになり、川の上流から流されて来た大木が横たわっていた。


「お母さん!カニだよ!」

「ほんとだ、いっぱいいるのね」


 水たまりでフナやコイが跳ね、サワガニが横歩きで岩の下に潜って行った。緩やかなカーブを曲がると、大きな松の木が見えて来た。祠の脇に植えられている2本の松だ。


「ねぇ、お母さん」

「なぁに?」


 ホコラーと石を積んだり、クッキーを分けた日を思い出し、胸がドキドキした。


「ホコラーは大丈夫?」

「ホコラー?あぁ、祠ね?自分で見てごらんなさい」


 僕は、お母さんは意地悪だと思った。お母さんが運転する車はスピードを落とした。すると、泥だらけの駐車場の向こうに、苔むした、えんじ色の屋根が見えて来た。


「アッ!ホコラーだ!」


 僕の5円玉が詰まった賽銭箱は流されて無くなっていたけれど、ホコラーは無事だった。けれど扉の半分まで水に浸かったらしく、乾いた泥が白くなってこびりついていた。そして、松の枝は折れずに残り、たんぽぽは泥に埋もれていた。泥だらけのホコラーを見て、僕を助けてくれた友達がまだそこにいる気がした。


お母さんに『あとで行ってみてもいい?』と聞いたけれど、『今日はお家で休みなさい』と玄関の鍵を掛けられてしまった。『早くホコラーに会いたかったのに』内緒でホコラーに会いに行くことが出来なくなった僕は、リビングのソファーでテレビを見ていた。


「おい、賢治」


 おじいちゃんが僕を呼んだ。(なんだろう、珍しいな)幼稚園の時、おじいちゃんのお皿を割ってから、部屋に入れてくれなかった。そのおじいちゃんが僕を呼んでいる。僕は、用水路に勝手に行ったことを叱られるのかと思い、廊下の音を立てないように、恐る恐る部屋を覗いた。


「なに?」

「ちょっと座りなさい」


 やっぱり怒られるんだと思った僕は、肩をすくめて目をギュッとつむった。すると、カサカサと紙の音がして(なんだろう)僕はちょっとだけ薄目で振り向いた。座敷テーブルには、赤や青、黄色の鮮やかな色紙が広げてあった。


「おじいちゃん、なに、これ?」

「折り紙じゃ、見てわからんのか」

「わかるよ!」


 僕が顔を赤くして怒ると、おじいちゃんは目を細めて笑った。視線を落とすと、おじいちゃんの膝の上には色鮮やかな”鶴”が糸で繋がれていた。その色は虹のように綺麗で、おじいちゃんが持って立ち上がると膝まであった。僕は思わず『うわぁ!』と声を上げていた。


「賢治、”鶴”を一緒に折らんか?」

「僕が?なんで?」


 おじいちゃんは、これまで家の裏の祠のことを『あの祠は気味が悪い』『賢治、近寄っちゃ駄目だぞ』と嫌っていたけれど、台風の日、僕が用水路に落ちた時に助けてくれたのは祠の神様だと思ったらしい。おじいちゃんは僕が見つかった夜、祠をじっと見て呟いていたと、お母さんが言っていた



「賢治、お前がホコラーと呼んで可愛がったから、助けてくれたんじゃろ」


 僕がホコラーと毎日のように、石積みをしたり一緒にお菓子を食べたりして仲良く遊んでいたから助けてくれたに違いないと、おじいちゃんは『うん、うん』と頷きながら僕の頭を撫でた。


「あの祠の神様は”縁結びの神様”だったんじゃな・・・」


 おじいちゃんは器用な手付きで”鶴”を折りながらそう言った。


「なんの”縁結び”なの?」

「賢治をこの世と結ぶ”縁結び”じゃ・・・」

「この世?」

「祠の神様がおらんかったら賢治は死んどった」


 僕は初めて、自分がなにをしていたのか気付いてゾッとした。『死んだらもう、お母さんやおじいちゃん・・・友達にも会えなかったんだ』僕は、4本の指の赤い痕を見た。手首の赤い痕を握り、ホコラーに心からありがとうと思った。


「この”鶴”はどうするの?」

「祠にお納めするんじゃ、賢治を助けて下さってありがとうございました、って」


 僕の目は輝いた。おじいちゃんがホコラーのことを認めてくれたことが嬉しかった。『僕!金色の折り紙がいい!』ホコラーなら、5円玉の金色の”鶴”を喜ぶと思った。僕はおじいちゃんと一緒に”鶴”を折った。

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