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第4話 遠縁

 翌日、おじいちゃんと僕は千羽鶴を持ってホコラーに会いに行った。朝、お母さんに『安静にね』と言われたけど、金色の鶴を手に持つとワクワクした。


「千羽には足りんけれど、ホコラーさんは喜ぶじゃろ」

「ホコラーさんじゃないよ、ホコラーだよ!」


 おじいちゃんは目を細め、肩をすくめて笑った。退院後、足取りは少し重かったけど、外の明るい空とポケットの5円玉のキラキラが嬉しかった。


「あれ?」


 祠の周りが賑やかで、大勢の人がバケツや雑巾を手に持っていた。おじさんやおばさんが、額に汗を流しながら、祠にこびりついた泥を拭き取っていた。そして、立派な千羽鶴が吊るされていた。僕はおじいちゃんと作った”折り鶴”が小さく見えて少し恥ずかしかった。おじいちゃんは『ほれ、賢治の鶴もお供えするぞ』と背中を軽く押した。それを見たおばちゃんが顔を上げた。


「いやいや、お疲れさまです」

「あらまぁ、賢治くんも”鶴”、作って来たの!偉いねぇ!」

「・・・うん」


 おばちゃんに”折り鶴”を手渡すと、それは祠の垣根に下げられた。おばちゃんは最後に形を整え、満足げに手を叩いた。『賢治くん、用水路に落ちたんだって?』『いやぁ、助かってよかったね』そう言って大人たちは笑うけれど、大人たちの目が僕に集まり、顔が熱くなった。村のみんなが僕のことを知っているようで居心地が悪かった。


「ねぇ、おじいちゃん」


 おじいちゃんは近所の人との立ち話に夢中で、僕のことをチラッと見ただけだった。その中で、ひとり黙々と祠を拭き続けるおじさんがいた。(みんなとお話ししないのかな?)ホコラーはどんどん綺麗になって、扉を小さくパタンと開け閉めしながら、クククと小さく笑ったような気がした。僕もそっと笑い返した。するとそのおじさんも手を止め、ホコラーを眺めていた。


「ホコラーの言葉がわかるの?」

「なんだ、ホコラーってのは」

「これだよ」


 僕が祠を指差すと、おじさんは眉間にシワを寄せて口をへの字にした。


「妙ちくりんな名前をつけんじゃねぇ、貴船きふね様ってんだ」


 僕は初めて、ホコラーに名前があることを知った。ホコラーは僕の友達なのに、村の神様でもあるんだな、と不思議だった。


(貴船ホコラーっていうんだ)


 なんだかお笑い芸人みたいだな、と思いながら僕も雑巾を絞ってホコラーを綺麗にすることにした。けれど僕は雑巾をうまく絞ることが出来なくて、ベシャベシャと水が滴った。『貸せ』『・・・?』『絞ってやる』おじさんは、無口で顔は怖いけれど優しくて真面目な人だった。ホコラーはすっかり綺麗になって、嬉しそうにクククと笑った。


「・・・・あ」


 お賽銭箱はないけれど、祠の前には5円玉が積み上がっていた。それだけホコラーがこの村で大切にされて、頼られているのだと思った。なんだか嬉しかった。僕もポケットから5円玉を取り出すと、おじさんもポケットから2枚の5円玉を取り出してホコラーにお供えをした。


「おじさん、それじゃ10円だよ」

「いいんだ」

「いいんだ、面白いね」

「面白くなんかねぇ」


 おじさんは祠のまえに立つと、深々とお辞儀をしてパンパンと手を叩き、目をつむり、静かに何か呟いていた。僕も真似をして手を叩いた。するとおじさんは僕の頭をグシャグシャに撫でて、みんなに軽く手を挙げると無言で用水路沿いの道を歩いて行った。すると大人たちが小声で話し始めた。『ほら、あそこのお家』『あぁ、そうそう。奥さんが』『縁切りに通っているらしいね』と眉をひそめた。


(縁切りなんだ)


 あのおじさんは”縁切り”のお願いでホコラーに会いに来ている、ちょっと寂しそうな横顔を思い出した。みんなに挨拶をして家に帰る途中、あのおじさんのことを聞いた。『あのおじさん、5円玉、2枚置いて行ったよ。どうして?』おじいちゃんは一瞬、気まずそうにしたけど、ゆっくりとしゃべった。


「賢治、5たす5はいくつじゃ?」

「10だよ!」


 僕は得意げに答えた。


「10円は”とおえん”なんじゃよ」

「遠縁?」

「縁を遠くする、”縁切り”ということじゃな」

「ふーん」


 その時、おじいちゃんの手にちょっと力が入った。


「貴船様は古くから村を見とるんじゃ」


 顔を見上げるといつもと違う顔をしていた。おじいちゃんは眉を下げ、遠くの用水路をじっと見ていた。僕は用水路の脇で、たんぽぽの綿毛が風に舞うのを見つけ、ホコラーに届くような気がした。その時、祠の扉がカタンと鳴り、僕とおじいちゃんは顔を見合わせた。

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