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第3章:生徒会長は今日も甘えたい (01)

 放課後、誰もいない教室に残されたのは、蒼馬と香澄だけだった。

 生徒会室の資料を返しに来た蒼馬に、「ちょっとだけ話したいことがあるの」と彼女が呼び止めたのだ。


「ねえ、蒼馬くん。……ちょっと、昔話してもいい?」


「珍しいな。いつもは“今が全て”ってタイプかと思ってた」


「……ほんとはね、そうじゃないの。私、結構、引きずる性格なのよ。プライドも高いし、負けず嫌いだし……でも、それでうまくいったこと、あんまりない」


 窓の外には、もう陽が沈みかけていた。西日が教室の隅に長く影を落とす。


「中学の頃、生徒会長やっててね。“誰にも弱みを見せるな”って、そればっかりだった。頼られるのは嬉しかったけど……なんだろ、どんどん自分の感情が乾いていく感じ。だんだん笑えなくなって、眠れなくなって……」


「それで、今みたいな“甘えん坊路線”に?」


 香澄は苦笑して、指で自分の頬を軽くつついた。


「違うの。あれは……試してるのよ、周りを。私が弱くても、甘えても、ちゃんとそばにいてくれる人っているのかなって。ずるいでしょ?」


 蒼馬は答えなかった。香澄は、静かに話を続ける。


「でもね、蒼馬くんは……なんていうか、距離の取り方が上手い。寄りすぎず、突き放しすぎず、ちょうどいい」


「褒められてるのか、傷つけられてるのか、判断に迷うな」


「褒めてるの。ちゃんと、私の境界を見てくれてるって意味で」


 ふと香澄が近づき、机に両手をついて、蒼馬を覗き込むように見つめた。


「だから……もうちょっとだけ、甘えさせて?」


「……どんな“ちょっと”かによるな」


「じゃあ、帰り道だけ。一緒に歩いてくれるだけでいい。……それなら許される気がするから」


 その表情は、いつもの生徒会長の仮面とは違っていた。

 素直で、照れくさそうで、けれど本気の目だった。


「……わかったよ。帰り道、な」


「やった!」


 香澄はくるりと背を向けて、荷物を肩にかけた。その姿は、どこか年下にも見えて――それがまた、蒼馬の胸を少しだけくすぐった。


 教室を出ると、廊下は静かで、もう部活動の掛け声が遠くに聞こえる程度だった。

 横に並んで歩く香澄は、なぜかずっと黙っていて、やがてぽつりとつぶやいた。


「今日だけは、生徒会長じゃなくて、ただの“女の子”でいさせて」


「……了解。じゃあ俺も、“ご主人様”じゃない普通の男子ってことで」


「ふふっ、そうね」


 春の風が、二人の間をすっと通り抜けていった。


 つづく(End 第3章完)

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