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第6章:一緒に帰ろう、放課後の坂道で

「なあ、蒼馬。最近、お前……誰のことが一番気になってる?」


 放課後の帰り道。坂道を一緒に下っていたのは、颯太だった。

 体育祭を終えた翌日、どこかクラスの空気がふわっとしていて、それに乗じて颯太は蒼馬を“無理やり”誘ったのだ。


「いきなり、なんて話を……」


「気になるだろ、普通。“あれだけの美少女群”に囲まれて、誰にも心動かされてません! なんて言ったら逆に怖いよ」


「いや、まぁ……その、誰がって言われると……」


「……いるんだ」


 蒼馬は無言でうなずいた。

 思い浮かべたのは、静かに本を差し出してくれた絃葉、破天荒な言動の裏で支え続けてくれた香澄、そして小学校時代の“あの一言”をずっと胸に持ち続けていた由貴――


(……あいつら、みんな本気で俺に向き合ってくれてる)


 蒼馬の脳内は、まるで修羅場の予感しかしなかったが、それでも――その中に、確かにひとり。


「言葉じゃなくて、態度で示してくれる奴がいてさ。あんまり喋らないけど、目を合わせると全部伝わってくるような……」


「おお、文学少女か?」


「……かもしれん」


 坂道の途中、ふと見上げると、誰かが立っていた。


 風にスカートをなびかせ、手にはカバンと、片手に文庫本。

 ――絃葉だった。


「偶然、ってことにしてもいい?」


「……偶然でも、ちょっとは期待した。だから、来たの」


 そのまま、蒼馬と絃葉、颯太の三人で歩き出したが、数歩後ろで颯太が咳払いした。


「えっと、俺、ここで寄り道してくるわ」


「明らかに気を遣ってるな」


「空気は読むタイプなんで。それじゃ、あとは頑張ってくれ。いろいろと」


 絃葉と並んで歩く帰り道。沈黙が続いたが、どこか心地よい。


「蒼馬ってさ、たぶん……本当は、すごく寂しがり屋なんじゃない?」


「は? 俺が?」


「うん。皆が離れていかないように、わざと“誰とも深く踏み込まない”ようにしてる」


「……それ、なんで分かるんだ?」


「読んでるのよ。“人”っていう、物語を」


 絃葉は、小さく笑って言った。


「でもね。私は、蒼馬のそういうところ、嫌いじゃない。むしろ、気を抜いた時のあなたの顔が、一番“人間”って感じがするから」


 蒼馬は少しだけ目をそらして、口の端を上げた。


「……なんか、ずるいな。お前」


「ずるいって言われるの、嫌いじゃない」


 夕陽が二人の影を長く伸ばす。その距離は、いつもより少しだけ近かった。


 つづく(01)>>

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