「なあ、蒼馬。最近、お前……誰のことが一番気になってる?」
放課後の帰り道。坂道を一緒に下っていたのは、颯太だった。
体育祭を終えた翌日、どこかクラスの空気がふわっとしていて、それに乗じて颯太は蒼馬を“無理やり”誘ったのだ。
「いきなり、なんて話を……」
「気になるだろ、普通。“あれだけの美少女群”に囲まれて、誰にも心動かされてません! なんて言ったら逆に怖いよ」
「いや、まぁ……その、誰がって言われると……」
「……いるんだ」
蒼馬は無言でうなずいた。
思い浮かべたのは、静かに本を差し出してくれた絃葉、破天荒な言動の裏で支え続けてくれた香澄、そして小学校時代の“あの一言”をずっと胸に持ち続けていた由貴――
(……あいつら、みんな本気で俺に向き合ってくれてる)
蒼馬の脳内は、まるで修羅場の予感しかしなかったが、それでも――その中に、確かにひとり。
「言葉じゃなくて、態度で示してくれる奴がいてさ。あんまり喋らないけど、目を合わせると全部伝わってくるような……」
「おお、文学少女か?」
「……かもしれん」
坂道の途中、ふと見上げると、誰かが立っていた。
風にスカートをなびかせ、手にはカバンと、片手に文庫本。
――絃葉だった。
「偶然、ってことにしてもいい?」
「……偶然でも、ちょっとは期待した。だから、来たの」
そのまま、蒼馬と絃葉、颯太の三人で歩き出したが、数歩後ろで颯太が咳払いした。
「えっと、俺、ここで寄り道してくるわ」
「明らかに気を遣ってるな」
「空気は読むタイプなんで。それじゃ、あとは頑張ってくれ。いろいろと」
絃葉と並んで歩く帰り道。沈黙が続いたが、どこか心地よい。
「蒼馬ってさ、たぶん……本当は、すごく寂しがり屋なんじゃない?」
「は? 俺が?」
「うん。皆が離れていかないように、わざと“誰とも深く踏み込まない”ようにしてる」
「……それ、なんで分かるんだ?」
「読んでるのよ。“人”っていう、物語を」
絃葉は、小さく笑って言った。
「でもね。私は、蒼馬のそういうところ、嫌いじゃない。むしろ、気を抜いた時のあなたの顔が、一番“人間”って感じがするから」
蒼馬は少しだけ目をそらして、口の端を上げた。
「……なんか、ずるいな。お前」
「ずるいって言われるの、嫌いじゃない」
夕陽が二人の影を長く伸ばす。その距離は、いつもより少しだけ近かった。
つづく(01)>>