金曜日の放課後。
教室に戻ると、蒼馬の机に、見覚えのある小さな付箋が貼られていた。
「屋上で、待ってます」
――香澄
その字を見た瞬間、彼の脳裏にフラッシュバックする顔ぶれがあった。
・「ご主人様♡」と無垢な笑顔で言ってのける転校生・香
・「読んだら、感想を聞かせて」と言って本を差し出した文学少女・絃葉
・「ご褒美ちょうだい?」と甘えたがる完璧系生徒会長・香澄
・「全部、壊してもいいですか?」と微笑むヤンデレ後輩・由貴
(……このまま、何も言わずに過ごしていくこともできた。でも)
蒼馬は、屋上への階段を一段ずつ、ゆっくりと登っていった。
「来てくれた」
香澄は、いつもの笑顔ではなかった。
制服のまま、夕陽を背にした彼女は、どこか不安げに見えた。
「私ね、知ってる。蒼馬くんは“誰かを傷つけたくない”から、自分を傷つけるような選び方をするって。でも、それってさ、結局、誰のためにもならないのよ」
「……だよな」
「だから。今日は聞かせて。誰の隣にいたいって、思ってるの?」
そのときだった。
バンッと開く屋上の扉。
「蒼馬くーん! 言ってないのにひとりで告白されに来ちゃうのは反則です!」
最初に現れたのは、香。その後ろから絃葉が無言で続き、最後に由貴がニコニコしながら鍵を手にしていた。
「……閉めときました。今日は誰にも逃げさせません♡」
「もうコントじゃねえか!」
蒼馬は叫んだ。
「なんで全員来てんだよ!」
「“誰か選ぶ”って話なら、私たち全員に立ち会う資格があると思いません?」
香がにっこり。
「そもそも、蒼馬が“全員にいい顔しすぎ”なんだよ。鈍感主人公って言われるタイプだぞ」
絃葉が淡々と毒を吐く。
「……でも、好きなのは、ほんとだから」
由貴の一言に、場の空気が一瞬静まった。
蒼馬は屋上のフェンスに背中を預けて、ひとつ深呼吸をした。
「……俺、ひとりの誰かを選んだら、他の誰かを傷つけるって、ずっと怖かった。でも、そうやってごまかしてるうちは、たぶん誰のことも本気で好きにはなれないんだって思った」
視線をゆっくり巡らせる。全員が黙って、蒼馬の言葉を待っていた。
「だから俺は――」
(※ここは読者の想像に委ねます)
その日の夕暮れ。
蒼馬は、学校の坂道を、誰か一人と一緒に下っていた。
並んだ影は、確かに二つ。
「……選んでもらえなかった子たち、怒ってたな」
「うん。でも、最後に“また明日ね”って言ってくれた」
「それ、救いだね」
「……救いかどうかは、これからの俺次第だろ」
二人の会話は、どこまでも日常だった。
でも、その日常は、確かに非日常を乗り越えてたどりついたもの。
恋と、笑いと、ちょっとした修羅場の先に――
ようやくたどりついた、ふたりきりの“静かな放課後”。
蒼馬は、空を見上げた。
空はいつも通りで、そして、今だけはとてもきれいだった。