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第7章:彼女たちの日常、そして非日常

 金曜日の放課後。

 教室に戻ると、蒼馬の机に、見覚えのある小さな付箋が貼られていた。


「屋上で、待ってます」

 ――香澄


 その字を見た瞬間、彼の脳裏にフラッシュバックする顔ぶれがあった。


 ・「ご主人様♡」と無垢な笑顔で言ってのける転校生・香

 ・「読んだら、感想を聞かせて」と言って本を差し出した文学少女・絃葉

 ・「ご褒美ちょうだい?」と甘えたがる完璧系生徒会長・香澄

 ・「全部、壊してもいいですか?」と微笑むヤンデレ後輩・由貴


(……このまま、何も言わずに過ごしていくこともできた。でも)


 蒼馬は、屋上への階段を一段ずつ、ゆっくりと登っていった。


「来てくれた」


 香澄は、いつもの笑顔ではなかった。

 制服のまま、夕陽を背にした彼女は、どこか不安げに見えた。


「私ね、知ってる。蒼馬くんは“誰かを傷つけたくない”から、自分を傷つけるような選び方をするって。でも、それってさ、結局、誰のためにもならないのよ」


「……だよな」


「だから。今日は聞かせて。誰の隣にいたいって、思ってるの?」


 そのときだった。

 バンッと開く屋上の扉。


「蒼馬くーん! 言ってないのにひとりで告白されに来ちゃうのは反則です!」


 最初に現れたのは、香。その後ろから絃葉が無言で続き、最後に由貴がニコニコしながら鍵を手にしていた。


「……閉めときました。今日は誰にも逃げさせません♡」


「もうコントじゃねえか!」


 蒼馬は叫んだ。


「なんで全員来てんだよ!」


「“誰か選ぶ”って話なら、私たち全員に立ち会う資格があると思いません?」


 香がにっこり。


「そもそも、蒼馬が“全員にいい顔しすぎ”なんだよ。鈍感主人公って言われるタイプだぞ」


 絃葉が淡々と毒を吐く。


「……でも、好きなのは、ほんとだから」


 由貴の一言に、場の空気が一瞬静まった。


 蒼馬は屋上のフェンスに背中を預けて、ひとつ深呼吸をした。


「……俺、ひとりの誰かを選んだら、他の誰かを傷つけるって、ずっと怖かった。でも、そうやってごまかしてるうちは、たぶん誰のことも本気で好きにはなれないんだって思った」


 視線をゆっくり巡らせる。全員が黙って、蒼馬の言葉を待っていた。


「だから俺は――」


(※ここは読者の想像に委ねます)


 その日の夕暮れ。


 蒼馬は、学校の坂道を、誰か一人と一緒に下っていた。

 並んだ影は、確かに二つ。


「……選んでもらえなかった子たち、怒ってたな」


「うん。でも、最後に“また明日ね”って言ってくれた」


「それ、救いだね」


「……救いかどうかは、これからの俺次第だろ」


 二人の会話は、どこまでも日常だった。

 でも、その日常は、確かに非日常を乗り越えてたどりついたもの。


 恋と、笑いと、ちょっとした修羅場の先に――

 ようやくたどりついた、ふたりきりの“静かな放課後”。


 蒼馬は、空を見上げた。

 空はいつも通りで、そして、今だけはとてもきれいだった。



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