目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

スピンオフ:属性の彼女たち side.絃葉「本を閉じる、その前に」

 図書室の片隅で、絃葉は静かにページを閉じた。

 それは、蒼馬に貸していた文庫本――

 そして彼が返してきたとき、確かに“しおり”が挟まれていたページだった。


(読んでくれた。しかも、ちゃんと感想もくれた)


 けれど、それが“終わり”を意味するとも、彼女はわかっていた。


 あの日、屋上で蒼馬が誰かを選んだ。

 その“誰か”に自分の名前は含まれていなかった。


「……まぁ、当然よね」


 口元を緩めながら、彼女は本棚にその本を戻した。


(私、他の子たちと比べて、何か特別だったわけじゃない)


 けれど、自分の言葉で、ちゃんと蒼馬と会話ができた。

 それは、それだけで奇跡のような出来事だった。


「でも……終わりじゃない」


 彼女は窓の外を見る。

 春がゆっくりと遠ざかり、夏の気配が近づいていた。


「物語って、最後の1ページを読んだあとが本番なのよ。……ねぇ、蒼馬」


 小さく呟く。


(私はたぶん、まだあなたを好きなまま続けていく)


 それはもう、“恋愛”じゃないのかもしれない。

 でも、本を閉じることなく、読み続けたいと思えた人が、ひとりだけいた。


 その後日――昼休み。


「蒼馬。少しだけ時間ある?」


「……絃葉? どうしたんだ?」


「これ。……新しく買ったの。貸す」


 彼女が差し出したのは、新刊の短編集だった。


「また感想聞かせて」


「わかった。読むよ、ちゃんと」


「じゃあ、約束ね。……今度は“読んだら返して”じゃなくて、“感想を話し合う”ってことで」


 彼女は、ふっと笑った。


 本のように静かで、ページをめくるたびに少しずつ近づいていくような関係。

 それが、彼女の選んだ“好き”の形だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?