図書室の片隅で、絃葉は静かにページを閉じた。
それは、蒼馬に貸していた文庫本――
そして彼が返してきたとき、確かに“しおり”が挟まれていたページだった。
(読んでくれた。しかも、ちゃんと感想もくれた)
けれど、それが“終わり”を意味するとも、彼女はわかっていた。
あの日、屋上で蒼馬が誰かを選んだ。
その“誰か”に自分の名前は含まれていなかった。
「……まぁ、当然よね」
口元を緩めながら、彼女は本棚にその本を戻した。
(私、他の子たちと比べて、何か特別だったわけじゃない)
けれど、自分の言葉で、ちゃんと蒼馬と会話ができた。
それは、それだけで奇跡のような出来事だった。
「でも……終わりじゃない」
彼女は窓の外を見る。
春がゆっくりと遠ざかり、夏の気配が近づいていた。
「物語って、最後の1ページを読んだあとが本番なのよ。……ねぇ、蒼馬」
小さく呟く。
(私はたぶん、まだあなたを好きなまま続けていく)
それはもう、“恋愛”じゃないのかもしれない。
でも、本を閉じることなく、読み続けたいと思えた人が、ひとりだけいた。
その後日――昼休み。
「蒼馬。少しだけ時間ある?」
「……絃葉? どうしたんだ?」
「これ。……新しく買ったの。貸す」
彼女が差し出したのは、新刊の短編集だった。
「また感想聞かせて」
「わかった。読むよ、ちゃんと」
「じゃあ、約束ね。……今度は“読んだら返して”じゃなくて、“感想を話し合う”ってことで」
彼女は、ふっと笑った。
本のように静かで、ページをめくるたびに少しずつ近づいていくような関係。
それが、彼女の選んだ“好き”の形だった。