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スピンオフ:属性の彼女たち side.香澄「肩書きより、名前で呼んで」(00)

「“完璧”でいられる時間なんて、たかが知れてるのよ」


 校舎裏のベンチに腰掛けながら、香澄はふうっと息をついた。

 学園生活も折り返し。生徒会長としての仕事は山積みで、昼休みのわずかな隙間に逃げ出すようにやってきたのが、この場所だった。


 スマホを取り出すと、画面には蒼馬からの短いメッセージが残っていた。


「資料ありがとな。すげー助かった」


(……“助かった”って、そっけないけど、あの子らしい)


 香澄はほんの少し笑った。

 でもその目は、寂しさを滲ませていた。


 あの日、屋上で彼が誰かを選んだとき、香澄は笑って拍手を送った。


「おめでと、蒼馬。ちゃんと向き合ったね」


 そう言って立ち去ったとき、彼の背中に「寂しい」なんて言える余地はなかった。


(でも、本当はちょっと……いや、かなり悔しかった)


 香澄にとって“弱さ”を見せられる相手は、そう多くない。

 だからこそ、蒼馬に見せた“甘えたがり”の自分は、彼女の中でとても特別な一面だった。


(ああ見えて、ちゃんと全部受け止めてくれるんだもん)


 完璧な会長でいようとする自分。

 不完全な“ひとりの女の子”でいたい自分。


 その両方を受け止めてくれる相手は――

 きっと、今でも彼だけだと思っている。


 午後の会議が終わったあと、香澄は資料を蒼馬の机に置きに来た。


「あっ、香澄会長。……これ、わざわざありがとうな」


「“香澄”でいいわよ。もう、生徒会長じゃなくていいんだから」


「……じゃあ、香澄」


 その言葉に、香澄の目がわずかに揺れる。


「うん。そっちのほうが、ずっといい。――それで、ね」


 彼女は立ち止まり、振り返る。


「“好き”って言葉を、一回使ったからって、そこで全部終わると思わないでよ」


「……どういう意味?」


「私は、一度負けたくらいで諦めるほど、器用じゃないの。あなたが他の誰かと手をつないでる間にも、私はあなたの隣で、正面から好きって言い続けてやるんだから」


 その宣言は、戦いの合図でも、悲しい独り言でもなかった。

 ただの、一人の女の子の“正面からの宣言”。


 蒼馬は一瞬、何かを言いかけたが、言葉にならなかった。


 香澄は背を向けて、指だけを軽く振った。


「じゃ、また資料できたら持ってくる。……お礼は、笑顔でいいから」


 そう言って去っていく背中は、生徒会長ではなかった。

 ただの、ひとりの、名前を呼ばれたい女の子だった。



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