「“完璧”でいられる時間なんて、たかが知れてるのよ」
校舎裏のベンチに腰掛けながら、香澄はふうっと息をついた。
学園生活も折り返し。生徒会長としての仕事は山積みで、昼休みのわずかな隙間に逃げ出すようにやってきたのが、この場所だった。
スマホを取り出すと、画面には蒼馬からの短いメッセージが残っていた。
「資料ありがとな。すげー助かった」
(……“助かった”って、そっけないけど、あの子らしい)
香澄はほんの少し笑った。
でもその目は、寂しさを滲ませていた。
あの日、屋上で彼が誰かを選んだとき、香澄は笑って拍手を送った。
「おめでと、蒼馬。ちゃんと向き合ったね」
そう言って立ち去ったとき、彼の背中に「寂しい」なんて言える余地はなかった。
(でも、本当はちょっと……いや、かなり悔しかった)
香澄にとって“弱さ”を見せられる相手は、そう多くない。
だからこそ、蒼馬に見せた“甘えたがり”の自分は、彼女の中でとても特別な一面だった。
(ああ見えて、ちゃんと全部受け止めてくれるんだもん)
完璧な会長でいようとする自分。
不完全な“ひとりの女の子”でいたい自分。
その両方を受け止めてくれる相手は――
きっと、今でも彼だけだと思っている。
午後の会議が終わったあと、香澄は資料を蒼馬の机に置きに来た。
「あっ、香澄会長。……これ、わざわざありがとうな」
「“香澄”でいいわよ。もう、生徒会長じゃなくていいんだから」
「……じゃあ、香澄」
その言葉に、香澄の目がわずかに揺れる。
「うん。そっちのほうが、ずっといい。――それで、ね」
彼女は立ち止まり、振り返る。
「“好き”って言葉を、一回使ったからって、そこで全部終わると思わないでよ」
「……どういう意味?」
「私は、一度負けたくらいで諦めるほど、器用じゃないの。あなたが他の誰かと手をつないでる間にも、私はあなたの隣で、正面から好きって言い続けてやるんだから」
その宣言は、戦いの合図でも、悲しい独り言でもなかった。
ただの、一人の女の子の“正面からの宣言”。
蒼馬は一瞬、何かを言いかけたが、言葉にならなかった。
香澄は背を向けて、指だけを軽く振った。
「じゃ、また資料できたら持ってくる。……お礼は、笑顔でいいから」
そう言って去っていく背中は、生徒会長ではなかった。
ただの、ひとりの、名前を呼ばれたい女の子だった。