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第2話

 ——誰もいないと思っていたけど、まだ人が住んでいるのかな。


 それなら、どうやって神様にお願いをすればいいのかを、教えてもらえるかも知れない。そう思いながら近付いて行くと、明るく見える家は、他とは形が違っていた。それに、大きさも半分ほどしかない。


「あ、家じゃない……。お堂なんだ。じゃあ、ここでお願いをすればいいのかな」


 私はお堂の扉を、そっと開けた。


「あれ……?」


 お堂の中には、仏像や祭壇のようなものがあるはずなのに、何もない。中に入って見まわしてみても、やはり、何もない。


「おばあちゃんが言っていたことって、嘘だったのかな。はぁ……。今日は本当に、碌なことがないな……」


 思わずため息をつくと、一気に身体の力が抜けた。もちろん疲れもあるけれど、不運なことが続くと、全てがどうでもよくなってくる。


「もう眠って、全部忘れたい……」


 夜の山の中を歩くよりは、このままお堂で眠った方がいいだろう。そう考えながらお堂の奥へ行くと、床板の隙間から光が漏れていることに気が付いた。


 ——もしかして、下にも部屋がある……?


 しかし、お堂の中を見まわしても、階段は見当たらない。それに、扉もない。どうやって地下へ行けばいいのだろうか。


「変なお堂……。何もないし、下へは行けないし……。板を剥がして行くとか? いや、それはおかしいか……」


 私はその場に座り込んで、床板の隙間に爪をかけた。


 すると——カタン、と音がした。それに、床板の一部が動いたような気がする。


 ——暗くてよく見えないけど、ここから下へ行けるのかも知れない。


 私が埃だらけの床を両手で撫でると、指が入るくらいの隙間を見つけた。そこへ指をかけ、ぐっと引き上げる。すると、学校の机と同じくらいの大きさの、板を外すことができた。


 床にあいた穴の下には、石段があるようだ。


「こんなところに、人が住んでるの……?」


 どう考えても、まともな人ではないような気がする。それでも、神様にお願いをする方法が分からないと、苦労してここまで来た意味がなくなってしまうので、行くしかない。


 私は、ぼんやりとした灯りに照らされた石段を、ゆっくりと下りた。


 地下にある部屋は、床も壁も石で出来ていて、ひんやりとしている。そして、白っぽい灯りが見えていたので、部屋の照明かと思っていたら、全く違っていた。


 部屋の中には、丸い鏡が幾つか置いてある。その鏡に月明かりを反射させて、部屋の中を明るくしているようだ。もしかすると、ただ明るいだけで、人が住んでいるわけではないのかも知れない。


 部屋の中を見まわしても、上にあるお堂と同じで、何も見当たらなかったが、奥は赤い格子で仕切ってある。それは別の部屋というよりは、牢屋のように見えた。


「お堂の下に牢屋があるなんて、変なの」


 お城の地下などに牢屋があるのは、テレビ番組などで見たことがあるけれど、お堂は神様に祈りを捧げる場所のはずだ。どうして牢屋があるのだろうか。


 牢屋の奥は暗くなっていて、よく見えない。近付いて格子に顔を近付けた時——。




「誰だ」




 低い声が、地下室の中に響いた。


「ひっ!」


 身体が跳ねて、そのまま尻餅をついてしまった。心臓の音がうるさい。身体が震えて呼吸をするのが苦しくなった。


「……なぜ怯える?」


 暗い牢屋の奥に、金色に光る物が2つ現れた。それは、ゆっくりと私の方へ近付いてくる。


 怖くて逃げたいのに、足に力が入らない。


 そして、金色に光るものが格子の前まで来ると、それが男の人の目だということが分かった。真っ白な髪が、月明かりに照らされて輝いている。長めの前髪は、神秘的な金色の目を、少しだけ隠していた。


 男の人はたぶん、私より少し上。高校生か大学生くらいに見える。黒い着物を着て、下駄を履いている。


 こんな綺麗な顔立ちをしている男の人に会えば、いつもなら喜ぶはずなのに、今はなぜか、怖い——。




「お前、何も持っていないじゃないか」


 男の人は目を細くして、私を見下ろした。


「あ、あなたはなんで、こんな所に……?」


「知るかよ。気が付いたら、ここに閉じ込められていたんだ。お前たち人間が閉じこめたんだろうが」


「人間……? あなただって、人間でしょう?」


「フン。人間はすぐに死ぬだろう。俺は、人間のガキが年老いて死に、その子供もまた年老いて死んでいくのを、何度も見てきたんだ。お前らみたいな下等なものと一緒にするな」


「じゃあ、あなたは……何なんですか?」


「さぁな。覚えていない。人間どもは、マガツヒサマとか、カミサマと呼んでいたな」


 そういえば、こんな金色の目をしている人は、見たことがない。


 ——まだ人間じゃないなんて信じられないけど、マガツヒサマ、カミサマ……。もしかしてこの人が、おばあちゃんが言っていた神様なの?


 図書室で神話の本を読んだ時に、似たような名前を見た気がする。たしか、禍津日神と書いてあった。でも、禍津日神は、悪い神様だったはず。


 ——願いを叶えてくれる神様なら、禍津日神とはまた違う神様だよね……?


「あーあ。久しぶりに美味いものが喰えるかと思ったのに、何も持ってこないとはな。言っておくが、供物がないなら願いは聞かないからな」


「供物って……お供え物のことですよね……。お供え物を持ってきたら、願いを叶えてくれるんですか?」


「ずっとそうしてきた。お前は知らないのか?」


「私は今日、初めて来たんです。ここに、あなたがいることも知りませんでした。……あのぅ、何を持ってくればいいんですか?」


 私が訊くとカミサマは顎をしゃくるようにして、牢屋の奥を指し示した。


 ——え……?


 暗がりに、白い塊が積み重なっているのが見えた。


 長細いものや、平べったいもの。それに、穴が2つあいた丸いものがある。


「え……。あれって、もしかして……。人間の、骨……?」


「あぁ。あれは硬いから喰わない」


「硬いからって……。まさか、あ、あなたが……食べたってこと、です、か?」


「あれは供物だ。喰うに決まっているだろう。持ってくるなら赤子にしろよ? 大きくなったのは硬くてまずいからな」


 急に喉の奥が閉まったような感じがして、うまく呼吸ができなくなった。


 ——人間を、赤ちゃんを、食べた……? 嘘でしょ? そんなの、聞いてない。ここは、来ちゃいけない場所だったんじゃ……。


「なぜ怯えた顔をする?」


 カミサマは私の顔をじっと見つめた。


「だって! 人間を……食べるなんて!」


「だからどうした」


「どうしたって……。人間は、食べ物じゃない! あの子たちは、生きてたんでしょ?」


「人間も生きているものを喰うだろう。それなのになぜ、人間は喰い物じゃないんだ?」 


「何で、って……」


「俺にとっては豚も魚も人間も同じ、ただの供物だ。大体、赤子を供物だと言って寄越すようになったのは、人間だぞ?」


「そんな……嘘よ」


「嘘じゃない。他の味を忘れてしまう程長い間、俺は赤子しか喰っていない。それはこの村の人間どもが、赤子しか持ってこなかったからだ。雨を降らせてくれ、作物がたくさん育つようにしてくれ、流行り病を治してくれ。そう願う度に、人間どもは赤子を供物として、俺に寄越したんだ」


「……酷い……」


 私が言うとカミサマは、ハハッ、と声をあげて笑った。


「愚かな人間どもの考えそうなことだ。お前が今言ったように、自分たちが酷いと思うからこそ、効力があると考えたんじゃないのか? あいつらは自分たちが生き残るために、赤子の命を犠牲にしたんだよ」


 ——犠牲……。


 生贄になった子供と自分が重なった。なんて自分勝手な親たち。どうして、何も悪いことをしていない子供が、苦しまないといけないのだろう。




 子供を犠牲にして、自分たちは楽をしようなんて——許せない。




「ふっ。面白いやつだな、お前」


 私が顔を上げると、カミサマは意地悪そうな笑みを浮かべて、私を見ていた。

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