「お前も願いがあって、ここへ来たんだろう? 叶えてやるかどうかは分からないが、暇つぶしに話だけ聞いてやる」
「えっ……。私は、あの……助けてもらえるかなと思って、来ました……」
「助ける? 何から助けるんだ。どうやって?」
「どうやって……ええと……」
そこまでは考えていなかった。ただ、母さんに言われた通りに施設に入るのが嫌で。あの怖い人たちから逃げたくて。それだけだった。
「それに、助けてほしいだけなら、なぜ、そんなに邪気を纏っているんだ? お前は、何かに対して怒りを感じているはずだ」
「……分かるん、ですね」
「見れば分かる。お前が纏っている黒紅色は、怒りの色だ」
——人間には視えないものが、視えているみたい。この人は、本当に神様なんだ……。
「たしかに、怒っています。私も、あの子たちと同じだから……。学校から帰ったら、家の中のものが全部なくなっていて、家族もいなくて。養護施設に……親のいない子供が行く場所があるんですけど、そこへ行けというような感じの紙だけがあって……。頼んでもいないのに勝手に私を産んで、捨てるなんて……! すごく自分勝手だと思います。しかも、弟は連れて行ったくせに、なんで私だけ! ……いらないからって捨てられた私は、あの生贄になった子供たちと一緒だなと思って、怒っています」
「ふ〜ん、そうなのか。じゃあ、あいつらも怒っていたんだな」
カミサマは、牢屋の奥にある骨の山に視線を向けた。
「当たり前です! あの子たちはもっと生きたかったはずです!」
「なるほどな。それで、お前はどうしたいんだ? あいつらはもう死んでいるが、お前はまだ生きている。怒りを感じているのに、何もしないのか?」
「何も、って……。文句を言うってことですか? でも、どこにいるかも分からないのに……」
「ハハハッ! そんなことでいいのか! お前の怒りは、大したことがないんだな。捨てられたのは腹が立つが、仕方がない。その程度か!」
身体の奥が、一気に熱くなった。
「そんなことはありません! ずっと家族だと思っていた人たちに、ゴミのように捨てられたんです! もう何も信じられないし、私には帰る場所もない! 悔しくてたまらない! 私が今苦しいのと同じように、あいつらも苦しめてやりたい……!」
自分でも驚くほど大きな声で叫ぶと、温かいものが頬を流れ落ちた。それは顎から滴り、手の甲へ落ちていく。それを見て、やっと自分が泣いているのだと気が付いた。
——捨てられたと分かった時も涙は出なかったのに、どうして今、涙が出るんだろう……。
「それがお前の本当の願いだ。さぁ、これからどうする?」
「私はまだ子供だから、何もできないんです。人間は大人にならないとお金を稼ぐことができないから、あの人たちを捜すこともできない……」
「それなら、頼ればいいだろう」
「え……?」
「自分ができないなら、手伝って貰えばいい」
カミサマは低い声で囁き、ニヤリと笑った。
「俺は対価があれば、願いを叶えてやるぞ?」
「対価……。でも、私は何も持っていません。全部なくなっていたから……」
「それは知っている。だから、俺をここから出すことを対価として受け取ってやるよ。もちろん、お前でも簡単にできることだ」
「……どうすれば……いいんですか?」
「そこに、赤い祠があるだろう?」
そう言いながらカミサマは、私の左側を指差す。
格子の前には、小さな祠があった。格子と同じで、真っ赤な祠には、札が何枚も貼られている。
「その祠はもう古い。貧弱そうなお前でも、楽に壊せるだろう」
「たしかに、古そうだけど……」
「お前がそれを壊せば、俺は外に出られるんだよ。簡単だろう? その後は望み通り、お前を捨てた家族を◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️」
本当は、なんて言ったか聞こえていた。でも、聞こえなかったことにした。
——返事をしなければ、大丈夫……。
だって、カミサマはきっと、悪い神様だから。
願い事なんてしたら、私にも悪いことが起こるかも知れない。座敷牢の奥に転がっている小さな骨を見ると、身体が震える。
するとカミサマは、赤い格子の間から顔と両腕を出して、私の目をじっと見つめた。ぶつかりそうな程近くにある金色の瞳が、酷く綺麗に見える。
「嬉しいか?」
「嬉しい……?」
その時、カミサマの瞳に、自分の顔が映っていることに気が付いた。私は目を細くしていて、唇の両端は上がっている。
——そうか。私、笑ってるんだ……。
さっき身体が震えたのは、怖いからではなかったのかも知れない。私を捨てた人たちに恐ろしい天罰が下る。自分の願いが叶うから、嬉しかったのだろうか。
——カミサマは私の願いを知っている。別に私がどうして欲しいと言ったわけじゃないんだから、何が起こっても、私が悪いことにはならないよね……。
私は、脚に思い切り力を込めて、祠を蹴った。
祠の屋根が吹き飛び、壁の役割をしていた板が倒れていく。それと同時に赤い格子も、ガラガラと大きな音を立てて崩れていった。白っぽい埃が煙のように舞っている。
「それでいい」
牢屋の中から出て来たカミサマは、壊れた祠の中に手を伸ばす。そして金色の丸い水晶玉を取り出した。
——カミサマの瞳と同じ色。綺麗……。
「厄介な術をかけやがって……」
低い声で呟いたカミサマは、上を向いて大きく口を開け、金色の水晶玉を放り込む。そして、ごくりと飲み込んだ——。
「お前、名前は」
「凛……です」
「そうか。よくやった、凛」
カミサマが微笑むと、金色をした目の奥が光って見えた。
なぜだろう。あれだけ怖かったはずなのに、恐怖なんて、全く感じなくなった。捨てられたと分かった時の悲しみも、どこかへ行ってしまったような気がする。
今は、これから始まることが、楽しみで仕方がない。
ただ、それだけ——。