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第4話

お堂の外に出ると、カミサマは周囲を見まわした。


「人間の気配がしなくなったことには気づいていたが——。外はこんな感じだったか。もう忘れたな」


 カミサマは、外の景色を忘れるほど長い間、地下室に閉じ込められていたのだろうか。そう考えると、可哀想に思えてくる。せめて廃村になった時に、カミサマを自由にしてあげたらよかったのに。


「おい、こっちを向け」


 そう言われてカミサマの方へ身体を向けた途端に、額を鷲掴みにされた。


「えっ」


「なんだ。お前は自分を捨てた家族に復讐したいんだろう?」


「そうですけど……」


「だからお前の家族を捜すんだ」


 ——さっき、気配がどうとか言っていたし、こうやって、あの人たちの気配を捜すってことなのかな……。


 それならそうと、先に言っておいてほしい。もう怖くはないけれど、カミサマはとても綺麗な顔立ちをしている。月明かりに照らされて輝く真っ白な髪に、神秘的な金色の目。漫画に出てくる王子様みたいな人に突然触られると、どうしたらいいかわからなくなる。


「おぉ、いたいた。西だな」


 次の瞬間。私たちの周りに、ゴォッと音を立てながら、風が巻き起こった。目を開けていられない。




「この辺りか……?」


 そう呟く声が聞こえて目を開けると、街を見下ろす丘の上に立っていた。


「ここに、あの人たちがいるんですか……?」


「おそらくな。ただここには夥しい数の人間がいて、細かい場所はわからない」


「えっ」


 たしかに大きな街だ。夜中のはずなのに、眩しいくらいに明るい。車もたくさん行き交っている。


「……この中から、あの人たちを捜すんですか?」


「今はまだ力が戻ったばかりだから、詳しい場所がわからないが、力が身体に馴染めば、もう少し詳しい場所がわかるだろう」


「そう……ですか……」


 どのくらいの時間で馴染むのかわからないけれど、待つしかない。こんな大きな街の中から、自分の力で捜しだすのは無理だ。


「移動したから疲れた。俺は休む」


 そう言ってカミサマは、大木の根元へ座った。


 ——私も疲れた。少し休もう……。


 山の中を長い間歩いたので、脚が痛い。それに、精神的にも疲れている気がする。何かを考えようとしても頭がまわらないし、ぼぅっとしてしまう。


 大木の反対側にまわって座り、膝を抱く。朝、家を出た時は、まさかこんなことになるとは思っていなかった。


 私が行ってきますと言ったら、母さんはいつもと変わらない感じで「行ってらっしゃい」と返したのだ。どんな気持ちで言っていたのだろうか。


 ——まぁ、会えばわかるか……。


 私は膝の上に頭を乗せて、目を瞑った。




 なんだか眩しくて、目が覚めた——。


 起きても変わらず気分は最悪なのに、空は青く晴れている。どうでもいいことなのに、またイライラしてしまう自分が嫌になる。


 大木の陰から覗くと、カミサマは木の幹に背中を預けて、まだ眠っていた。風に揺れる真っ白な髪が、朝日を浴びて煌めいている。


 私は静かに腰を下ろして、カミサマの横顔を見つめた。


 羨ましくなるほど整った顔に、長いまつ毛。何のケアもしていないはずなのに、潤った形の良い唇。


 ——悪い神様なのに、なんでこんなに綺麗なんだろう……。


 物語に出てくる悪役は大体、醜い顔をしているのに。そんなことを考えていると、突然、カミサマがこちらへ顔を向けて、パッと目を開けた。


「……何をしている」


「えっ。いや、別に……」


「どう見ても、寝首を掻こうとしているようにしか、見えないが?」


「そういうわけじゃ……」


 観察していただけです。とは言えない。


「まぁいい。襲ってきたら細切れにするだけだ」


「襲いませんって……」


 ふんっ、と鼻を鳴らして、カミサマは自分の手の平を見つめた。そして、手を握ったり開いたりしている。


「だいぶ馴染んだな。これなら捜せるだろう」


 木の幹に背中を預けたままで、カミサマは街の方を、じっと見つめた。


 ——あ。また目の奥が光ってる。もしかして、力を使うと目の奥が光るのかな?


 金色の瞳と同じ、金色の光だ。とても綺麗で、ずっと見ていたくなる。


 しばらくすると、目の奥の光は消えていった。


「お前の家族がいる場所が、分かったぞ」


「え、どこにいるんですか⁉︎」


 あの人たちの顔が脳裏に浮かぶと、腹の底から怒りが湧き上がってくる。


「あの辺りだな。横に長い箱の中に、人間が大勢いる」


 カミサマが指差す方へ顔を向けた。


 高いビルが立ち並んだ場所ではなく、低い建物が多い場所。横に長い箱というのは、アパートのような気がする。


 ——カミサマはアパートを知らないから、箱に見えたんだろうな。


「連れて行ってください。あの人たちのところへ……」


「良いだろう、こっちへ来い」


 ニヤリと笑った後に、カミサマはまた私の額を鷲掴みにした。


 ゴオッ! 


 私たちの周りに強風が巻き起こる。そして風が止んだ後に目を開けると、川沿いの道に立っていた。周りに人影はない。


「家じゃなくて、ここですか……?」


「あぁ。向こうから、お前の家族が来る」


 カミサマが見ているのは道の先だ。遠い場所は、今は木が邪魔で見えないけれど——。




 その時。木の陰から、親子連れが出てきたのが見えた。何となく、見覚えのあるシルエット。心臓が、ドクン、と大きく脈打った。

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