「なははははははははははは!!
「どうも……」
マリーさん、大爆笑。
パーティーメンバー+姉さんと一緒に、朝一番で女性衣類専門店【モッコリ】を訪ね、僕の髪色に合う女装用のカツラを用意してもらった。頭に被ると、真っ直ぐ長い栗色の髪が腰の辺りにまで伸びた。これは売り物ではなくて、店頭に飾られている等身大人形に使っている物の一つなんだとか。
そして肝心の服装。
現地の湖付近には遮蔽物が少なく、リーチさんが着替えられる場所が無いので、出発前に店の試着室を借りて着替えた。
交換じゃない。道中でも僕に匂いつけをしなければいけないため、リーチさんは接客時にいつも着ている制服姿になっている。
公認とはいえ、さっきまでリーチさんが着ていたワンピースを今は僕が着ているのだと思うと、なんだかとても、イケない気分がムクムクと……。
「ぬふ、エリム君、
「(まだ)勃っ……てません! この程度のことでは、今の僕は動じませんよ!」
そうさ。リーチさんとの一夜に比べれば、こんなのは取るに足らない小事だ。
思い返すだけでも恐ろしい、拷問にも等しい時間だった。
好きな女の子が無防備に、しかも体をすり寄せるようにして隣で眠っている。
何度楽になってしまおうと思ったかわからない。だけど、リーチさんを想って自らを慰める行為は禁じているから、それもできない。男の匂いを強めてしまうわけにはいかないという理由もあった。
気が狂いそうだった。夜が明けた頃、僕は真っ白に燃え尽きていた。
「うおー、エリム可愛い! マジ女の子!」
リーチさんもかなり興奮している。褒められているんだと思うけど、好きな子に可愛いと言われると、なんとも複雑な心境になってしまう。
「いやはや、想像以上に可憐である」
「エリム君、とっても可愛いですよ」
ギリコさんとグンジョーさんも絶賛。お世辞じゃないっぽいのが余計に辛い。
愛想笑いで応えるが、誰かこの男心をわかってくれる人はいないだろうか。
「エリム」
「え、姉さん?」
内心落ち込んでいることを察してくれたのか、姉さんがそっと僕を抱き締めた。
こんな風に優しくされるのは、弟として生まれて十六年、初めてのことだ。
「アタシ、この姿のエリムなら愛せる気がするわ」
「それってつまり、今まで愛されていなかったってこと?」
「今日から三姉妹、一丸となって【オーパブ】を盛り上げていきましょう」
お願い正気に戻って。三姉妹どころか、姉さんに姉妹は一人もいないんだよ?
「にっはは、下はどうなっとるんかなー?」
「うわ、やめ、マリーさん、めくろうとしないでください!」
「ここは【モッコリ】やで。エリム君のもっこりも見せてんか」
「理由になってません!」
下はどうなっているのか。ぎりぎり、男でも女でも穿けそうな下着とだけ言っておく。あとは想像にお任せ――やっぱり想像しないでください。
「マリーはエリコに触らないで」
姉さん……頼もしい。でも勝手に名前を変えないで。
「ちょっとくらいええやん。固いこと言いっこなしやで」
「ダメよ。非処女の匂いがうつるわ」
「ちょおおお、友人にその言い方はあんまりとちゃうかなあ!?」
「なんでもいいんで、姉さんは離れて……。マリーさんは手を放して……」
こんな風に出だしから疲れるやり取りをしつつ、準備を終えた。
グンジョーさんが御者をする屋根付きの荷馬車に、僕、リーチさん、ギリコさんが乗り込んでいく。そうして姉さんとマリーさんに見送られ、僕たちは目的地――【オロゴス湖】へと出発した。
ガタゴト、ぷにゅぷにゅ。ガタゴト、むにゅにゅん。
馬車が揺れる。リーチさんも揺れる。
一つの布団に入っていた時は、ただくっついていただけだった。
でも今は、そこへ振動が加わったことで、より鮮明に形と感触が伝わってくる。
一瞬離れたと思ったらまたくっつき、くっついたと思ったら柔肉が背中で押し潰される。何度も何度もぷにゅぷにゅむにゅむにゅ。
…………死にそう。
「そういえば、ユニコーンの角って、切っちゃってもまた生えるんですか?」
「うむ。一年もすれば、また元どおりの大きさまで戻るのである」
僕をぬいぐるみのように後ろから抱きすくめるリーチさんの問いに、どっしりと胡坐をかいているギリコさんが答えた。
「それだと、捕まえて飼い慣らそうと考える奴も出てくるんじゃ?」
「それはできないのである。ユニコーンはプライドが高い故か、自然の中で自由に暮らさねば、角に薬の効果が宿らないのであるよ」
「はー、なるほどー。おっと」
ガタンッ、と馬車が跳ね、背中いっぱいに柔らかくて温かいものが広がった。
「ところでリーチ殿、ミノコ殿は来られなかったのであるか?」
「誘いはしたんですけどね。さすがに、ミノコの体重で馬車には乗れませんから、歩いてもらうことになるって言ったら、面倒臭いと断られました」
「であるか。
「ギリコさん、ミノコにも殿って敬称をつけるんですね」
「言葉は通じぬが、自分よりも遥かに強大な存在であることはわかる。敬意を払うのは当然なのであるよ。……それよりも、エリム少年、大丈夫であるか?」
ギリコさんが、僕の異変に気づいた。
血が上ったかと思えば下に集まったり。血液の流れがめちゃくちゃに掻き乱れ、視界が霞んだり、発汗であったりと、さまざまな状態異常が起きている。
「……ギリコさん……お願いがあります」
「な、なんであるか?」
「当て身を……お願いします」
夜中から不眠不休で頑張ってきたけど、そろそろ本当に限界だ。
無理やりにでも意識を手放さないと、体もそうだし、理性がもたない。
「承知した。エリム少年、しばし休まれよ。――御免!」
気合いと共に、首筋に手刀が振り下ろされ、僕は現地到着まで気を失った。
町から一時間ほど馬車を走らせ、【オロゴス湖】に到着。
見事な晴天の下、陽の光を反射して、湖面が宝石のように輝いている。
万全の状態であれば感動ものの光景なんだろうけど、今はひたすら目にキツい。
辺り一面開けた野原になっており、身を潜められる遮蔽物は無い。迷彩用に緑の毛布を用意してあるので、僕以外の人たちはそれを被って待機する手筈だ。
さすがに馬車までは隠せないので、湖から離れた所に繋いでおいた。
「
「エリム君、無理は禁物です。危ないと思ったら、何を置いても逃げてください」
「エリムが失敗しても、後ろにはオレが控えてるからな」
「リーチさんには絶対に出番を回しませんからね」
僕だけ水際に残り、皆は50mほど離れた場所で腹這いになって毛布を被った。
さあ、ユニコーン、どこからでも掛かって来い。
周囲を警戒しつつ、待つ。
ぽかぽか陽気に船を漕ぎそうになりながらも、待つ。
そうして体感で三十分ほど経った頃、
「あれは……ッ」
敵影発見。この場所から水辺に沿って100mくらい離れた場所で、頭に一本角を生やした馬が湖に前足を浸し、水を飲んでいる。
出た。現れた。ユニコーンだ。
思わず立ち上がりそうになる衝動を抑え、僕は清楚で可憐な少女を装う。
喉を潤した後、ユニコーンが頭を持ち上げて僕を見た。
しかし、近づいては来ない。じーっと見つめている。
素知らぬ振りをして寄って来るのを待つが、どことなく、向けられている視線に疑いのようなものを感じる。
処女? 処女なん? いやでも、うーん、なんか違う気もするなあ。
みたいな。
そんな膠着状態が五分くらい続くも、ユニコーンは微動だにしない。
この緊張状態、かなりしんどい。
ちら、と皆を振り返ると、ギリコさんが僕に手招きしており、「一度戻って来るのである」と口パクしていた。
相手を刺激しないよう、静かに腰を上げた僕は、粛々と皆の所へ歩いて行った。
「ダメです。何故か近づいてきません」
「……やはりである」
「やはり、と言うと?」
「リーチ殿から離れて時間が経ったことで、男臭の方がわずかに濃くなっている。これでは警戒心の強いユニコーンは近づいて来ないのである」
「エリム、オレと交代だ」
そう言って、リーチさんが毛布から出て来ようとする。
僕は手をかざし、それを制した。
「そういうことでしたら、まだ手はあります」
この案は、頭の片隅に最初からあった。だけど考えないようにしていた。
考えすぎると、それだけで果ててしまいそうな気がしたから。
「リーチさんの、今穿いているパンツをお借りできますか?」
「今すぐユニコーンに突き刺されて来い」
「こ、これにはちゃんと理由が!」
「……なるほど、その手が。リーチ殿、
「わかりました。すぐ脱ぎます」
「今のちょっと待ってください。リーチさん、理由を説明したわけでもないのに、僕とギリコさんで対応が違い過ぎませんか?」
「それは仕方ないだろ。だってオレの中で、
【ギリコさん≫≫≫越えられない壁≫≫≫エリム≫≫≫ロドリコ】だから」
ギリコさんの評価、どんだけ高いんですか!!
もしかすると、今後、ギリコさんはタクトさん以上の強敵になるかもしれない。そんな危機感を抱きながら、僕は理由を説明した。
つまり、こういうことだ。
リーチさんが今着ている服を借りられればいいが、交換している間にユニコーンがどこかへ行ってしまうかもしれない。そもそも、着替えられる場所が無い。
しかし、そんなことをするまでもなく簡単に受け渡しが可能で、かつリーチさんの処女的な香りが染みついた物が他にある。
――それがパンツ。
「クッッッソ下品だな」
癖になりそうな冷たい目で言われた。
回復しかけていた評価が、また暴落していくのを感じる。
「僕は良かれと思って……」
「申し開きも無いのである」
「ギリコさんはいいんですよ。下心なんて無いのはわかってますから」
この差、酷い……。
「まずいです! ユニコーンが、こちらとは反対側へ歩き出そうとしています!」
グンジョーさんが焦りを滲ませて言った。時間が無い。
「リーチさん、早く!」
「わかったってば! ……しょ……ほら、嗅いだり広げたりすんなよ!」
僕の手に強引に握らされたそれは、すべすべとした極上の手触りをしていた。
「……温かい」
「はよ行けや!」
毛布の中から突き出された僕は、今度は駆け足で水際へと戻って行った。
さっきと同じ場所に座ると、かなりの距離があるにもかかわらず、ユニコーンが足をぴたりと止めた。それからスンスンと鼻をヒクつかせたかと思うと、くるりと反転して体を僕に向ける。
「いよいよ来るか」
あれ? これ処女の匂いやん。さっきは鼻詰まってたんかな。なんでもええわ。うっひょー、舐め回したるでー。そこ動くなやー。
とでも言いたげに、ユニコーンは舌をべろんべろん振り回して駆け寄って来た。
「ばふるるる、ばふん、ばふん」
鼻息でカツラが飛ばされそうだ。馬面のオッサンにしか見えなくなってきた。
「お、お手柔らかにお願いしますね」
「ぶひひ~ん」
まず、顔をめちゃくちゃに舐めまくられた。
相手は馬だけど、一応唇だけはやらせまいと噛みしめていたものの、目蓋から耳から鼻の穴まで、ざらざらとした気色悪い感触が這い回った。
続けて首筋、肩と下りて行き、さらに下へ――
「ひ……ぃぇぇ……」
ついに、胸元からワンピースの中へと舌が侵入して来る。
ねろん、ぬろん、ねっちょり、ぺっちゃり。
これ……本気でリーチさんにやらせなくてよかった。
ユニコーンって、とんだエロ馬だ。
この光景を見ているリーチさんも、今頃は、自分がやらなくてよかったと思ってくれているだろう。この身代わりで、越えられない壁を越えたいところだ。
あ、そんな、器用に転がさないで。ダメ、感じちゃう。
馬なのに。馬のなのにぃぃぃ!!
鎮まれ鎮まれ。感じてはいけない。僕は今、女の子でいなくちゃいけないんだ。勃ってしまうと男だとバレてしまう。バレたら角で突き殺される。
胸の無さは貧乳だと思ってくれたのか、特に気にせず腹に下りて行ってくれた。
そこで一度舌を抜き取り、今度はスカートの方から侵入してくる。
太ももを舐め上げ、腰回りを丹念にねぶり、巻きつくようにヘソをくすぐる。
べろろん、ぺろりん、れろれろ、ぬっとり。
そ、そこは!? パンツは! パンツの下だけは堪忍してください!
「ばひひん! ぶふるるる! ぶしゅうううう!」
「~~~~~~~~っ!!」
お尻は舐められたけど、前だけは徹底抗戦の甲斐あって防衛に成功する。
一頻り堪能したことで満足したのか、やがてユニコーンは足を曲げ、その場に座り込んだ。そして僕の膝の上に頭を乗せ、目を閉じた。
「……やった!」
いや、まだ喜ぶのは早い。完全に寝入ってくれるのを待つんだ。
でも、あ~~~~よかった、バレなくて。
ホント、どうなることかと思ったよ。やれやれ、これで一安心かな。
「ふぅ、汗がこんなに」
僕は手に持っていた手ぬぐいで、額の汗を拭った。
……あれ? 僕、手ぬぐいなんて持って来てなかったぞ?
手に持っていた物を目の高さに掲げ、広げてみた。
「あ」
リーチさんの脱ぎたてパンツだった。
忘れてた。じゃあ僕……今、リーチさんのパンツで顔を?
ぴこん。
「やば……勃っ……」
ビクリッ、と膝の上に頭を乗せていたユニコーンが震えた。
次いで、馬の巨体とは思えない俊敏な動きで僕から飛び退いた。
「ばふん! ばふるるるるるる!!」
大きな歯を剥き出しにし、鋭い一本角を僕に向けたユニコーンは激怒していた。