目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

番外編 僕とユニコーンと脱ぎたてパンツ(後編)

 ――あ、死んだ。


 ユニコーンが突進を開始したのを見て、僕は自分の最期を悟った。

 相手は馬。隠れられる遮蔽物も無い。逃げられない。


 姉さん、リーチさん、ごめんなさい。僕はここで死にます。

 だけど、悲しまないでください。

 あの世への手向けとして、僕が今握っているリーチさんのパンツを一緒のお墓に入れてください。それで僕は安らかに逝けます。


 ただ、少しだけ悔いが残る。こんなところで死ぬくらいなら、今日だけで幾度となく味わった素晴らしい感触を覚えているうちに、せめてあと一回――……。

 ……いや、それはできない。リーチさんと約束したんだ。

 リーチさんの嫌がることはしない。リーチさんではしないって。


 でもでも、死んだ後なら。あの世でなら、いいですよね?

 そう考えると、死ぬのも悪くないかなって。

 などと、無理やり死を受け入れようとしていると――


「――【水牢すいろう】!!」


 グンジョーさんの低く渋い声が轟き、ユニコーンの四方八方から噴出した水柱が檻を作った。ユニコーンが急ブレーキをかける。


「エリム君、早く後ろへ退がって! 四等級の魔石なので、すぐに消えます!」


 魔石を投擲したと思われるグンジョーさんに先行して、ギリコさんが腰に帯びた鞘から刀を抜いている。リーチさんも隠れるのをやめ、姿を見せている。


「皆さん……!」


 僕が男だとユニコーンにバレたとわかるや、瞬時に仲間たちが飛び出してくれていた。足をもつれさせながら、慌ててギリコさんの後ろへ退避する。


「すみません、バレてしまいました!」

「順調に見えていたのに、突然何が起きたのであるか!?」


 何が起きた。そう、ナニが起きてしまったんです。

 グンジョーさんが警告したように、間欠泉のように噴き出た水柱はすぐに勢いをなくし、檻の機能を失っていった。


 そこでピクンと、歯をぎりぎり噛み鳴らして怒りを露わにしていたユニコーンが何かに気づいたとでも言うように耳を立て、スンスンと鼻を鳴らした。

 そして、笑った気がした。


「リーチさん、出て来ちゃダメです!」

「いや、パンツ返してほしくて」


 ユニコーンが見ているのは、僕のような紛い物の乙女じゃなく、正真正銘の処女にして美少女であらせられるリーチさんだった。


「ばふっ、ばふるるん!」


 うっほほー、この匂い、今度こそほんまもんの処女やー。あの谷間、マジもんのおっぱいやんかー。よっしゃ、おっぱいを重点的に舐めたるさかいなー。

 そう言っているように聞こえた。


「ギリコさん、わたくしが魔石で援護します! 前衛をお願いします!」

「心得たのである!」


 作戦が失敗してしまったせいで、急遽ユニコーンとの戦闘へ突入した。

 かなり不利な戦いを強いられることになる。

 ユニコーンは保護指定生物。角を切る以外でその身を傷つけることはできない。

 けど相手にとってはそんな事情、知ったことじゃないだろうから、お構いなしに攻撃を仕掛けてくる。


「エリム君はリーチさんの傍に!」

「わかりました! もう少しだったのに、本当にすみません!」

「それはいいから、早くパンツ返せよ」


 ユニコーンが前足に力を込めた。

 駆ける。――その機先を制し、ギリコさんの刀が上段から斜め下へ閃いた。

 カキィン! と硬質な金属同士がぶつかった音が響く。


「くっ、硬い! 一刀では断ち切れないのである!」


 金属。ユニコーンの角は、まさに鉄の硬度を誇っていた。


「ばひひいいん!」

「ぬぐっ!?」


 角と刃の競り合いは、膂力の差によってユニコーンに軍配が上がる。

 角を横薙ぎに振り抜き、ギリコさんの脇腹を打ち据えた。弾き飛ばされたギリコさんが、バシャンッと湖に落ちた。


 ギリコさんを排除し、今度こそユニコーンは駆け出した。

 一直線に向かってくるのかと思いきや、ユニコーンは、バカラッ、バカラッ、と小気味良い足音を立て、僕とグンジョーさんを大きく迂回した。

 上唇と鼻先に皺を寄せ、歯を見せる。それが馬の笑い方だ。

 笑いながら走る奴の目には、リーチさんしか映っていない。


「わ、わわ、こっち来んなよ!」

「ひひいん! ぶっひひーん!」


 舐めまくりのフルコースや。いっただっきまーす。とか言っているんだろうな。

 速度は弱めたものの、どん、と鼻先でリーチさんを押し、仰向けに転ばせた。

 そして足を左右に開いて体を跨ぎ、逃げられないようにしてしまう。


「こ、この構図、ベ●セルクで見たことあるぞ……」

「ぶひ、どぅふふひん」

「ひぇ!?」


 ユニコーンは僕にしたように、舌技を披露し始めた。

 まず、頬を下から上へと舐め上げた。リーチさんの表情が強張る。


「や、め、やめろ、ひぇぇ!」


 れろん、れろん、れろれろれろれろ。

 僕の時とは違い、リーチさんは手で舌を拒むが、ユニコーンはその手をも喜んで舐めていく。なんていやらしい舐め方だ。思わず前傾姿勢になってしまう。


 僕は煩悩を振り払い、馬体にしがみついてでも引き剥がそうと走り出した。

 すると、ユニコーンは鼻に皺を寄せて、カッと歯を剥き出しにした。

 それ以上近づけば、この子を噛むぞ。そう言わんばかりに。

 卑怯な……。

 隙ありとばかりに、ユニコーンは舌をリーチさんの胸元へ侵入させようとする。


「リーチさん、特能を! 使いたくないなんて言っている場合じゃありません! そいつに【一触即発クイック・ファイア】を!!」

「あ、んあ、ダ……メだ。うひゃ、集中、できない。魔力……れな、ひぁっ」


 なんてことだ。僕がへまをやらかしたばかりに。

 女装も通用しない。戦闘でも役に立てない。

 恥を晒しに来ただけで、僕はいったいなんのためにここにいるんだ。


「ぶひひん、ぶっひひん」

「やめ、いやだ、やめろって、ああ」


 なんのために――。

 そんなの決まっている。好きな子に、いいところを見せるためだ。

 だけど、そんな打算的な考えで好きな子を守れないのなら。


「もういい……」


 カッコ良くなくたっていい。泥にまみれたっていい。恥を上塗りしたっていい。

 好きな子を助けられればそれでいい。


「こっちを見ろ、エロ馬アァァ!!」

「ばひん!?」


 僕は握り締めていたリーチさんのパンツを、突き破らん勢いで頭に被った。

 さらに、穿いていた自分のパンツを一気に足首まで下ろしてスカートを思い切りめくり上げ、腰で裾を縛ると股間で風を感じた。

 女性用の服とカツラを身につけ、女性用のパンツを頭に被り、下半身は丸出し。

 完全無欠の変態男が誕生した。


「ほらほら、来いよ、エロ馬! そんなに処女が好きなら僕の尻をくれてやるぞ! へいへい、お尻ぺんぺーん」


 あ、リーチさんはこっち見ないでくださいね。


「うわ、エリム、お前……」


 既に見られていた。そしてドン引きされている。

 ま、まあいいさ。恥の一つや二つ増えたところで、もう何も怖くない。


「ほらほら、自慢の角で突いてみろ。それとも僕が突いてやろうか?」


 踊るようにして腰をくいくいと前後に動かし、ユニコーンを挑発する。

 どうだ、クソ馬。テンションだだ下がりだろう。

 そしたら今度は、だんだんとエロよりも怒りの方が強くなってきただろう。


「ぶひ……ぐひひぃん……!!」


 怒ってる怒ってる。お楽しみを邪魔されたユニコーンは怒り心頭の形相だ。

 だけど思惑どおり、奴はリーチさんから体をどかした。


「さっさと来い、変態駄馬!」

「ばひひひいぃぃぃん!!」


 お前に変態なんて言われたくない。

 みたいなことを叫んだであろうユニコーンが、僕を刺し貫かんと疾走する。

 さて、どうしよう。この先のことは考えていなかった。


「――【風壁ふうへき】!!」


 バオオォォォッ!!

 と、ユニコーンの足下から竜巻のような風が発生し、その周りを取り囲んだ。

 草の緑を飲み込んだ渦が、まさしく壁となってユニコーンを閉じ込めている。


「今度は三等級の魔石です! 少しはもつはずですので、エリム君は今のうちに、リーチさんを連れてここから離れてください!」

「グンジョーさん、あまり高価な魔石は!」

「仲間の身の安全が最優先です!」


 アナタ本当に、あのグンジョーさんなんですか? 中身入れ替わってません?

 僕はリーチさんに駆け寄り、腕を引いて立ち上がらせた。


「こんな格好ですみません! 馬車の所まで走りましょう!」

「そ、その前に、頭に被ってるパンツを返してほしいんだけど」

「さあ、行きましょう!」

「や、パンツ……」


 リーチさんの手を握ったまま、僕たちは愛の逃避行を――


 ズバッ!


 そんな風を切る音が背後でした。

 振り返ると、緑の壁からにょっきりと突き出ているものが。

 言うまでもなくユニコーンの角だ。

 ぱんぱんに膨らませた空気袋に穴が開いたみたいに、魔力で形を成していた風の壁が破裂するようにして爆散した。僕とリーチさん、そしてグンジョーさんもまた錐揉み状態で空中に巻き上げられてしまう。


「うわひゃあああ!?」

「リーチさん、手をしっかり! 離さないで! ぐっ!?」


 目に砂が入り、視力を奪われる。

 視界ゼロの中、重力だけを頼りに体の向きを調整。僕は繋いだ手を、腕を手繰り寄せ、落下の衝撃に備えてリーチさんの体をガシッと掴まえた。


「ひんっ!?」


 えらく可愛らしい声が聞こえた直後、僕の体は地面に打ちつけられた。

 ビリビリと痛みが全身に響く。

 リーチさんは無事か。僕の体がクッションになれたとは思うけど。


「だ、大丈夫……ですか?」


 ていうか、これ、僕は何を鷲掴みにしてるの?

 信じられないくらい柔らかいんですけど。

 胸とは……なんか違う。


「あいたた……」


 リーチさんの声が、ずいぶん下の方から聞こえた。

 そしてなんか、なんかなんかなんか、僕の股間に付いている男の象徴が、物凄く柔らかくて温かくてしっとりしている物にすっぽりと挟まれている感じがする。


 え? え?

 もしかして、僕が抱きしめるようにして掴んでるのって、リーチさんの……。


「お尻?」


 え? え?

 つまり、こういうこと?

 数字で言うと、100引く31的な体勢になっているってこと?


 え? え?

 少しずつ視力が回復していく。

 もしだよ? もし、僕の顔が今、リーチさんの太ももの間にあるのだとすれば。

 リーチさんのスカートは短い。そして今はパンツを穿いていない。

 とすると、目を開けた先に広がっている光景は。


「おま――」

「見んなッ!!」

「――ガッ!?」


 ……今のは多分、膝かな。

 体からリーチさんの重みが消える。


「何がオーマイガだ! それはこっちの台詞だ! なんっっちゅーもんを胸ん中に差し込んでくれやがったんだ!」

「胸の……中に?」


 僕の愚息が……お邪魔を?

 それっていわゆる、パイ――……。

 あ、ダメだ、考えるな。わわ、スカートの裾を戻さないと!


「いいから早くパンツ返せよ!」

「まずい、リーチさん、奴が来ます!」

「ばひひひひひぃぃぃん!!」


 ワイ抜きで何楽しんでんのじゃボケええ、代われええええ。

 フィーリングが合うんだろうか。そう言っているのだと確信できる。


「リーチさん、時間を稼ぎます! 逃げて!」

「あ、う、パンツぅ……」

「早く!」


 怒鳴るように言うと、リーチさんは後ろ髪を引かれながらも走り出してくれた。

 ユニコーンの視線はリーチさんだけを追っている。僕のことは見ていない。

 僕を無視して横を通り過ぎて行こうとする。


「させるかあああ!!」

「ばひっ!?」


 すれ違い様、僕はユニコーンの右後ろ足に飛びついた。

 その足の膝がガクンと曲がり、あわやユニコーンが転倒しそうになる。


「リーチさんは、お前なんかが気安く舐めていい人じゃないんだよ!」


 ガツッ、ガツッ、と左後ろ足で顔や背中を蹴られるが、僕は絶対に離れない。


「――エリム少年、良きおとこ気である」


 水浸しになっているギリコさんが、ユニコーンの腹にしがみついた。


「――子供がたくましく成長していく姿を見ると、応援したくなりますね」


 怪我が治ったばかりのグンジョーさんもまた、左前足にしがみついた。

 皆がリーチさんを逃がそうと、体を張っている。


「ばふるるるるうん! ぶひひひいいいん!」


 三人を引きずってなお、ユニコーンは前に進もうとする。

 馬力をさすがと言うべきなのか。エロへの執念を称えるべきなのか。


「くっ、止まらないである。かくなる上は、刀にて斬り伏せるしか!」

「いけません! 保護指定にないリザードマンがユニコーンを殺めたとあっては、いかなる理由であっても重罰は免れません! それなら人間のわたくしが!」


 もはや手段を選べなくなってきている中で、不意に、馬車に向かって走っていたリーチさんが足を止めてしまった。


「リーチさん、何してるんですか!?」

「やっぱダメだ……」


 唇を噛みしめたリーチさんが、体を反転させた。


「皆、ごめんなさい」


 僕たちに謝り、何を思ったか、道を逆走し始めた。


「オレ、決めてるんです。もう、どんなことからも逃げないって」


 声が震えている。顔も青ざめている。

 本当なら、もう一歩たりとも近づきたくないだろうに。


 それでも己の信念を貫かんとする彼女を見て僕は思った。

 ああ、気高いなあって。


 こんな切迫した状況でありながら、僕はリーチさんに惚れ直してしまった。


「そのまま押さえていてください!」


 リーチさんが右手に魔力を集中していく。

 来るか、必殺技。


 ……あ、でも待って。

 この位置はヤバい。多分、凄くヤバい。

 ギリコさんとグンジョーさんは大丈夫だけど、僕の位置は死ぬほどヤバい。


「イっとけ、エロ馬アアァァ!!」


 リーチさん、え? まさか気づいてない? 気づいてないっぽい?


「――【一触即発クイック・ファイア】〈甲〉!!」

「ばひいぃぃぃぃぃいいん!?」


 馬面に張り手を叩きつけ、リーチさん渾身の魔力が注ぎ込まれた。

 ビビビビクンッ!!

 凄まじい快感によって絶頂したユニコーンが痺れたように痙攣し、そして、



 びゅる、どびゅるるるるる。



 ……と、後ろ足にしがみついていた僕の頭に大量の白濁液が降ってきた。

 ズズンンン、と馬体を横に倒し、ユニコーンが気を失う。

 その傍らで、僕は呆然と立ち竦んだ。生温かいよ……。


「あ、ごめ……。て、うわああああああ! オレのパンツがああああああ!」


 僕もごめんなさい。ずっと頭に被っていたので、巻き添えに。


「あー、と、とにかく、お疲れであるよ」

「お、大きな怪我をしている人はいませんね? 何よりです、はは……」


 ギリコさんとグンジョーさんが労ってくれるも、僕とリーチさんは、もう言葉を発する気力も湧かなかった。





 皆が無言で作業にあたった。

 僕とリーチさんは湖で体とパンツを洗い、ギリコさんとグンジョーさんがその間に角の回収をした。

 しばらくするとユニコーンが目覚めたが、さっきとは打って変わって大人しく、怒るどころか、「ご迷惑をおかけしました。お詫びに、その角はお持ちください」と言っているかのように頭を下げ、水辺を静かに歩き去って行った。

 どうやら、性獣が聖獣に生まれ変わったようだ。


 洗ったとはいえ、もう一度穿く気にはどうしてもなれないらしく、リーチさんは帰りの馬車の中でもノーパンだった。あと、僕にも近づいてくれなかった。





 ギリコさんとグンジョーさんは、クエスト達成を王都にある冒険者ギルドへ報告しに行くため、僕とリーチさんを送ってくれた後、そのまま町で別れた。

 別れ際、ギリコさんが「エリム少年、道を踏み外さぬようにな」と助言を残し、グンジョーさんが「エリム君、強く生きるんですよ」と言って慰めてくれた。

 僕が被っていたカツラも二つの意味で汚してしまったので、買い取りしなければならなくなったが、それは経費として報酬から出してもらえることになった。


 そして、今回のオチ。


「エリム、ちょっと話があるんだけど」

「何、姉さん」


 風呂でしっかりと体を洗い直し、さっぱりしたところで姉さんが言った。

 その声は冷やかで、視線からも人の温もりを微塵も感じさせない。


「リーチちゃんがね、穿いてたパンツをエリムに取られて? 返してって言っても返してくれなくて? しかもザー●ンでぐちゃぐちゃに汚されたから、新しいのを買ってほしいって悲しそうに言ってきたんだけど、これってどういうこと?」

「間違ってはいないけど、まず僕の話を聞いて!」

「言い訳なら聞きたくないわ。いつかやらかすと思っていたけど、まさかアタシの目の届かない所へ行った途端にだなんて。残念だわ。どうやら、アタシは弟を信用しすぎていたようね」

「全然信用してないよね!? いつかやらかすと思ってたの!?」

「でもね、考えようによってはいい機会だと思うの」

「い、いい機会って?」

「切っちゃいましょう。そして、身も心も女の子になるの。性犯罪防止になるし、アタシも姉妹ができて、いいことづくしよ」

「その話、本気だったの!? 僕には何一ついいことがないよ!」

「騙されたと思って、試しに一度切ってみなさいな」

「試しも何も、一度切ったら二度と生えてこないんだけど!?」


 ユニコーンの角みたいな感覚で切らないでほしい。

 姉さんがハサミをシャキシャキしだしたのを見て、僕は逃げだした。


「待ちなさい、エリコ!」

「エリコじゃなあああああああい!!」


 町の中を走り続け、僕は死に物狂いで逃げ切った。

 誤解もどうにか解くことはできたけど、それからのち、部屋の衣装ケースに女性服をたびたび忍ばせてくる姉に、僕は切られる不安を常に抱く日々を送ることになるのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?