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第36話 マジで萎えるわ

 王都騎士団の長――アーガス・ランチャック。

 そのカリスマ性は群を抜いていた。

 シコルゼがやられて泡を食っていた騎士たちの表情も、アーガス騎士長の登場ですぐさま落ち着きを取り戻してしまった。どころか、既に勝ちが決まったみたいに余裕の観戦モードだ。

 アーガス騎士長のレベルは26。歳は確か、44だとか言ってたっけか。


「とうに全盛期を越えた中年とは思えねェな……」


 むしろ、年季が入っているからこそ備わった威容だろうか。

 獅子のような獰猛さとは違う。研ぎ澄まされた心身と相手を射竦める眼光には、静かに、そして確実に獲物を仕留める狼を思わせる鋭さがある。


 背に携えた大剣のサイズは騎士団随一。ブロードソードには〝幅広の剣〟という意味があるが、それにしたってアーガス騎士長の愛剣は格外。身幅が20cmほどもあり、そのまま盾として使うこともできる。

 まさしく攻防一体の剣技――武極羅神剣に適した武器ってことだろう。


 まともに扱えるなら、だけどな。

 冗談抜きで100kgくらいあるンじゃねェかな。転生の恩恵があるわけでもなく、人間の身であれを自在に振り回せるだけでも超人だ。腰いわすなよ。


「タクト、今からでも遅くはない。戻って来い」

「戻って何させる気だ? 一緒にサキュバスを討伐しようってか? お断りだ」

「あれは魔物だぞ」

友達ダチだ!」

「……なんだと?」


 個人的に恨みでもあるのか。魔物に、特にサキュバスに対するアーガス騎士長の敵意は騎士の責務を超えている。聞く耳を持ってくれるかどうか。


「この世界に転生している友達ダチを探すのを手伝ってもらう。その見返りに、有事の際は騎士団に協力する。そういう約束で俺は騎士(仮)になった」

「今がその有事の際だが?」

「あの子が、あのサキュバスが、探していた友達ダチだったンだよ。いきなりに聞こえるだろうけど、俺もついさっき知ったばかりなンだ」


 そう告げると、思ったとおり、アーガス騎士長は眉をひそめた。


「友は男だと言っていたはずだが?」

「なんか女に転生してた。俺も驚いてる」


 しかも金髪巨乳で、あんッッな可愛くなっちまって。モロに俺の好み――てのは考えないようにするとして、ちゃんと前みたいに振る舞えるか、ちょいと不安だ。


「お前も、あの娘が転生者だと言うのか?」

「も?」

「スミレナ・オーパブに何か入れ知恵をされたのか?」

「なんの話だ?」


 アーガス騎士長は「いや」と言って、話を区切った。


「お前自身が言ったように、あまりにも唐突すぎるな。その場しのぎの作り話だと思われても仕方がないとは思わんか?」

「嘘じゃねェよ」

「信じられる証拠は?」

「俺とあいつの前世の記憶でも照らし合わせりゃイイ」

「ならば、まずは拘束させてもらおう。話はそれからだ」


 拘束ときやがったか。町の包囲を解くつもりもなし。こりゃ信じる気がねェな。


「そのまま討伐しちまうつもりじゃねェだろうな?」

「抵抗されなければ拘束で済む」

「同じ質問を返すぜ。信じられる証拠は?」

「信じてもらう他ない」

「だったら、先に【メイローク】から騎士たちを撤退させろよ」

「できん相談だ」

「話にならねェ」

「こちらとしては、それでも構わん。素性がどうであれ、サキュバスが国家存亡の危険を孕む存在であることに変わりはないのだからな」

「そうかよ。生きているだけで悪だって、そう言いてェわけか」

「悪とは言わん。害だ」


 変わらねェよ。親友をそんな風に言われて、堪忍袋の緒が切れそうだぜ。


「言ってもわからないなら、力づくしかないぞ」

「俺の台詞だ!!」


 声を張ると共に突撃槍ランスを左前半身で構え、穂先をアーガス騎士長に向けた。

 シコルゼは特能を持っていたが、それを除けば、ただ優秀な騎士だと言える。

 アーガス騎士長は違う。本物の実力者だ。小手先の技は通用しない。


「良い気勢だ。シコルゼとの戦いも見事だった」

「……そいつはどーも」

「己のイチモツを第二の槍として幻視させるとはな。あれは正直言って、相当り辛いだろう。まだ名が無いなら、【黒光りする幻影ファントム・ブラック】とでも呼びたいところだ」


 ちんこ振り回してただけなのに、ご大層なネーミングだな。

 中二臭ェけど、利一りいちは好きそうだ。


「だが、私に通用するとは思わないことだ。局部裸身拳の極意がイチモツの動きにあると言うのなら、私はその動きを封じるまで。手掴みでな」


 剥き出しのこれを、手掴み……だと? マジか?

 アーガス騎士長の目は本気だ。一片の躊躇なく握ってくるに違いない。


「ア、アンタとは小細工抜き。ガチンコで戦うつもりだ。だから掴むな」

「ガチンコか。いい響きだ」


 ……そうか?


「それはそうと、脱衣強化ができていないようだが?」

「時間が無かったンでな。けど、まだアンタよりレベルは一つ高いぜ」


 勝てるかどうかは――……やってみなきゃわからねェ。


「率直に訊こう。タクト、お前は私と戦いたいか?」

「戦いたくねェよ。俺は友達ダチが大事だけど、アンタのことも気に入ってンだ」

「――騎士長、お聞きになられましたか!?」


 うわ、ビックリした。

 重症者を店に運び入れたカリーシャ隊長が、いつの間にやら戻って来ていた。


「カリーシャ、そこに立っている意味をわかっているのか?」

「覚悟の上です」


 そうさ。

 カリーシャ隊長みたいに、利一とちゃんと話せばわかるはずなンだ。

 利一は悪い奴じゃない。悪いことを考えすらしねェ奴なンだって。


「畏れながら具申させていただきます。戦いたくないという気持ちは騎士長も同じはず。言わば、二人は相思相愛。そんな二人が傷つけ合うなど間違っています!」


 うん、いろいろ間違ってる。特に相思相愛ってところが。


「騎士団において――いえ、この国にとって、アラガキタクトが大きな戦力となることに異論はありません。ですが、それは騎士長にも言えることです。我々の真の敵は魔王勢力のはず。こんなところで両者が戦力を削り合うのは愚かな行為であると断言できます!」


 そうだそうだ。この頭の固いオッサンにもっと言ってやれ。


「そこで私は、決闘の方法に騎士団に伝わる伝統競技を提案します!」


 伝統競技?


「あれか。なるほど、悪くない」


 カリーシャ隊長の提案に、アーガス騎士長が乗り気になっている。

 いったいどういう勝負なのか。俺はカリーシャ隊長に尋ねた。



「その名も――【かぶと合わせ】だ!!」



 これ以上の名案はないとばかりに自信満々で言い放ったカリーシャ隊長の尻を、俺は無言で強めに鷲掴みにした。「ひゃん!」なんて可愛らしい声が出た。


「な、何をする!? 何度も揉んでいいとは言っていないぞ!?」


 失礼。アーガス騎士長とのそれを想像しちまい、一瞬で萎えそうになったので、許可を待たずにチャージさせていただきました。


「念のため確認するけど、兜合わせって、あれか? 男同士で――」


 大きな声では言えないので、俺の知る兜合わせの概要をカリーシャ隊長に耳打ちした。カリーシャ隊長の顔が、みるみる赤く染まっていく。


「な、なな、何を言っているんだ貴様は!? お、男同士で、ささ、先っぽを!?」

「違うのか? 向こうの世界じゃ、そういう行為を指す言葉なンだけど。違うなら忘れてくれ。非常事態に変なことを言った」

「まったくだ! そういう耳寄りな情報は後で詳しく教えろ!」


 ああこれ、恥ずかしがってるンじゃなくて興奮してるのか。

 この女、どこまでも腐ってやがるぜ。


「……で、肝心の内容は?」

「むぅ、貴様の話を聞いた後では著しく面白味に欠けてしまうな。なんなら貴様の世界の兜合わせを適用するのも悪くないと私は思うのだが」

「面白味なんて求めてねェんだよ! はよ教えろや!」


 不服そうにしながら、カリーシャ隊長が勝負の内容説明を始めた。


「兜合わせとは、互いの頭をぶつけるほど近づけて競うことから命名されている。押し合い、突き合い、組み合い、力技によって相手を地面に押し倒した方の勝ちとする競技だ。武器の使用は不可。金的、噛みつき、蹴り技等も反則になる」

「ああ、理解した」

「早いな」

「俺のいた世界にも、似た競技があるからな」


 つまりは柔道、いや、相撲だ。


「私個人としては、この突き合いという部分を広義に捉えてほしいと考えている。蹴りは反則だが、突く手段を手に限定していないところに注目してほしい」

「しません」

「具体例を挙げると、相手の背後に回り」

「回りません」

「あと〝突き合う〟と〝付き合う〟をかけているとも」

「考えられません」


 ことあるごとに否定してやると、カリーシャ隊長があからさまに溜息をついた。


「遊び心の無い奴だ」

「遊びじゃねェんだよ」

「……すまない。本気なのだな。ならば私は祝ふ――応援するのみだ」


 この人が言うと、なんかニュアンスが違うンだよな。


「騎士長は承諾してくださったが、貴様はどうするのだ?」


 兜合わせを受けるかどうか。

 ぶっちゃけ、剣を持たれるより勝率は高いように思える。

 相手は超重量武器を軽々と振り回す超人だけど、俺だって身体能力の強化だけでレベル27にまで達しているンだ。パワー勝負なら負けねェはず。

 俺は大きく一回深呼吸をし、アーガス騎士長を睨みつけて言ってやる。


「望むところだ」

「ふふ、私も久方ぶりに本気を出せそうだ」


 剛胆な物言いを吐いたアーガス騎士長が、背中の大剣を落とした。その重さで、ビキッ、と石畳にヒビが入る。

 続けてマントを脱ぎ、肩当て、胸当て、肘当て、手甲を順に外していった。

 そしてオマケとばかりにシャツを脱ぎ、引き締まった上半身が晒される。

 男でも――いや、男だからこそ見惚れてしまう肉体美に思わず唸ってしまった。


「準備はイイか?」

「いや、まだだ」


 言うが早いか、アーガス騎士長は上半身で終わらず、さらには腰当て、膝当て、脛当てを外し、鉄靴も脱いでしまう。


「……もう、イイか?」

「まだだ」


 なんと、アーガス騎士長は腰紐を解き、鎧の下に穿いていたズボンまでずるりと脱ぎ捨ててしまった。

 ブリーフに似たパンツ一枚を残した、ガチムチ半裸のオッサンが出来上がった。


「さあ、いつでもいいぞ」

「……俺が言うのもなンだけど、脱ぎすぎじゃね?」

「全裸、もしくはパンツ一丁が兜合わせの正装だ。掴むところが一枚少ないお前の方が有利と言える。金的が反則というルールである以上、お前のイチモツに触れることもできん。だが遠慮はいらん。真っ向から組み伏せてやろう」


 やべェ、また萎えそう。


「アラガキタクト、負けるなよ! 貴様の戦いぶりと受け様は、私がしっかり目に焼き付けてやる! 恐れずに組み合っていけ!」


 テメエェェェ、これが狙いか!!

 これ、利一も店の中から見てンのかな……。


「タクト、今度こそ目を覚まさせてやるぞ」

「そっちこそ、足腰立たなくしてやるから覚悟しろ」

「アラガキタクト、貴様、これを機に攻めに転向する気か!?」

「…………マジで萎えるわ」


 敵か味方かわからない腐女子の姦計により、俺とアーガス騎士長の戦いは、全裸と半裸によるスモウレスリングへと突入するのであった。

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