騎士団主力を率いる部隊長とはいえ、所詮シコルゼは前座。奴を倒したところでアーガス騎士長が控えている限り、騎士たちの心が折れることはない。
【メイローク】の男たちも奮闘しているようだけど、戦況は騎士団に傾いている。それは騎士たちが、俺とアーガス騎士長のバトルを観戦する余裕を見せ始めていることからも窺える。制圧されてしまうのは時間の問題だろう。
正攻法で巻き返すのは不可能に近い。そんな中にあって、誰にも邪魔されることなくアーガス騎士長と一対一で戦える状況は、願ってもないチャンス。
ここで俺がアーガス騎士長を倒せば、必ず逆転への追い風が吹く。
「最初に言っておくぞ。ルールには従う。けど、俺は勝負に負けたからといって、素直に引き下がる気はねェ。俺を止めたけりゃ、最低でも病院送りにするくらいのつもりでかかって来るンだな」
ぐるりと囲む人垣が土俵代わり。直径8mってとこか。大相撲の土俵より広い。
半円を騎士が、もう半円は武装していない町民で形成されている。
円の内側にいるのは俺とアーガス騎士長。あとは
「お前といい、カリーシャといい、跳ねっ返りが過ぎるな。若さか」
「敬老精神は期待すンなよ」
嘆息したアーガス騎士長が腰を曲げ、尻を後ろに突き出して仕切りに入った。
対して、
互いの距離は約4m。助走には足りる。
アーガス騎士長は構えを変えない。先手を俺に譲り、受け止める気だ。
やれるもンなら、やってみやがれ。
「アラガキタクト、勝てよ!」
気合は十分。カリーシャ隊長の声援を勝負開始の合図とし、俺は踏み砕くつもりで石畳を蹴り出した。同時に、ついていた両手で地面を押し上げる。
一歩目で最大速度。二歩目で4mの距離をゼロにする。
頭を低く、狙うはドテッ腹。加速の勢いに任せ、俺は目標を人垣の遥か彼方まで弾き飛ばす気でぶちかましを敢行した。
「ンッギッッ……!?」
衝突した瞬間、頭が割れ、首の骨がどうにかなってしまうかと思った。
浮かんだイメージは、どっしりと、地中深くまで根を下ろした巨木。
「なかなか良い当たりだが、想定の範囲内だな」
このオッサン、ハンパねェ。
弾き飛ばすことはおろか、押し倒すことさえできなかった。
いや、それどころか、アーガス騎士長は開始地点から1mmも動いていない。
完璧に止められた。
顔を上げると、ぬぅ、とアーガス騎士長の手が俺を捕えようとしていた。
正面から組み合うのは危険すぎる。直感で察し、伸びてきた手を払いのけた。
異常に安定した体幹。そしておそらく、パワーでも勝てない。
ならスピードだ。動きでアーガス騎士長を撹乱してやる。
「瞬時に戦法を変えてきたか。いい判断だ」
カリーシャ隊長にはああ言ったが、背に腹は代えられない。
なりふり構わずアーガス騎士長のバックを取り、羽交い絞めにした。
「そこだ、いけ、ヤれ、突き刺せえええええ!!」
すかさずカリーシャ隊長から黄色い――ではなく、濁りきったヘドロ色のような声援が飛んできた。突き刺すってナニをだよ。
「このまま場外まで放り投げさせてもら――」
「させん!
「――おるばっ!?」
鳩尾に、まるで鉄球のように硬く、重い衝撃が叩き込まれた。
数mを吹っ飛ばされ、土俵を作っている騎士にぶつかってようやく止まる。
「なん……あ、あの体勢から、どうやって攻撃を……」
チカチカと星が飛ぶ視界の中で、俺はそれを見た。
――尻だ。
戦闘開始時と同じポーズで、アーガス騎士長は尻を後ろに突き出していた。
なんて激しいディフェンス。
いや、自ら尻を向けてくる攻撃的な姿勢はオフェンスと言ってイイ。
まさに鉄
この尻圧、バスケでゴール下のポジション取りをさせたら無敵だろう。
「どうした? もう終わりか?」
くいくい、とアーガス騎士長がブルース・リーのように手招きをしている。
弱みを見せまいと、間を置かずに土俵の中央へと戻っていくが……クソったれ。膝が笑っていやがる。まだ一発喰らっただけなのに、ダメージが大きい。
「どうやら、活動限界が近いようだな」
言われて視線を落とす。
「マジかよ……」
俺の分身が、ずいぶんと元気をなくしていた。半勃ち状態だ。
どんなに見栄を張っても15cmを下回っている。
さっきチャージしたばかりなのに、早すぎる。
だけど原因は明らかだ。
ドレイン能力でも備えているかのように、アーガス騎士長と肌が触れ合うだけでちんこがどんどん萎えていく。筋肉ムサい。オッサンの加齢臭キツい。
まずい。まずいぞ。勃起強化が解けてしまったら、その時点で勝ちの目は完全に失われてしまう。
「来ないのか? 来ないなら、こっちから」
「イ、イカせねェよ!」
まだかろうじて強化は続いている。今のうちに手を打たねェと。
トトン、タタン、と軽やかにステップを踏み、懲りずにアーガス騎士長の背後に回った。「今度こそ突き入れろおお!!」という腐女子の鬼気迫るエールが真後ろから聞こえてくる。
「学習していないのか?」
落胆した風にアーガス騎士長は言う。
しかし俺は、内心でほくそ笑んだ。
アーガス騎士長の容赦無いヒップアタックが再度炸裂する。
前もってくるとわかっている分、さっきよりダメージは小さい。
それでも衝撃は殺せず、俺はまたしても吹っ飛ばされた。
かかったな。
これが俺の逃走経路――じゃなくて、補給経路だ。
「え、ちょ、キャアアアア!?」
いや偶然。運が悪く、たまたまそこにいたカリーシャ隊長にぶつかってしまい、俺たちは激しくもつれ合った。
どんなスポーツでも、故意に審判に手を出したら反則で一発退場だけど、これはわざとじゃないから仕方ない。インプレーだ。
もんどり打ってカリーシャ押し倒してしまった拍子に、いろいろと触ってしまうのも不可抗力というもの。
「カリーシャ隊長、すまん!」
「ば、馬鹿者、ひゃ、どこを触って、ひあん!」
(本音)
うむむむ~~~んんんんんん。予想どおり、カリーシャ隊長の尻はなじむ。
この手に実にしっくりなじんで、パワーが今まで以上に回復できたぞ。
なじむ。実に! なじむぞ。フハハハハハ! フフフフ! フハフハフハフハ!
「タクト、お前というやつは……」
「危ないところだったぜ。けど、今は最高に『ハイ!』ってやつだ」
股間共々な。
げしげしと、涙目のカリーシャ隊長には背中を蹴られているし、なんだか悪者にでもなった気分だが、これでまだ戦える。
「さあ、続けよ――」
アーガス騎士長の姿を…………見失った。
……どこに。
「一体いつから、私がパワータイプだと錯覚していた?」
そのバリトンボイスは背後から聞こえてきた。
俺がしたように、今度はアーガス騎士長によって羽交い絞めにされてしまう。
「は、速ェ……」
「自分よりもレベルが低い相手にパワーだけでなく、何故スピードでもついていけないのか不思議に思っているな? 単純な話だ。身体能力のポテンシャルは間違いなくお前の方が上だか、せっかくの肉体を、お前はまだ活かしきれていない」
振り解こうと必死に抵抗するが、溶接されたみてェにビクともしない。
あと、極めてどうでもイイことだが、この体勢になった途端、カリーシャ隊長はうっとりした瞳をして、「騎士長×アラガキタクト。これこそが、あるべき姿……」などと呟いていやがる。彼女はもうダメかもしれない。
「お前はもっともっと強くなれる。勃起強化がなくとも、局部裸身拳の脱衣強化がなくとも。私なら鍛えてやれる。もう一度言おう。戻って来い」
この期に及んで、まだそんな寝言をほざきやがるか。
答えは当然NOだ。俺もヒップアタックで――
「――て、ちょ、オイ!? オッサン、なんか尻に硬いもンが当たってンぞ!?」
「勘違いするな。私のイチモツは、元よりこの硬度だ」
「意味がわからねェ!」
「私は日々、この肉体を鋼へと変えるべく厳しい修行をしている。それはイチモツとて例外ではない」
いやいや、そこだけは例外にしとけよ!
「クソッ、解けねェ!」
「……抗うか。やむを得んな」
声に影が落ちたのとは対照的に、アーガス騎士長の筋肉がさらに膨張し、一瞬で羽交い絞めから、首を締めつけるチョークスリーパーへと変化した。
……やべ……息ができねェ。
「全てが終わるまで眠っていろ」
……マジで……。
……落ちる……。
…………すま……ね……。…………り……ち……。
――力が欲しいかや?
朦朧としていく意識の中で、そんな問いを投げられた。
それは幼い少女のような声だった。
……誰だ?
誰かは知らねェが、力が欲しいか、だって?
訊かなくても、見りゃわかるだろうが。
「……せ」
欲しいに決まっている。
アーガス騎士長に勝てる力を。
「……こせ」
利一を守れる力を。
「よこせッ!!」
しぼり出すようにして答えた。その時だった。
耐え難い、生皮を剥ぎ取られるような激痛が走る。
「あ、あ、あがあああああああああああああッ!?」
痛い。
裂ける。
千切れる。
「な、なんだ!? 何が起こっている!?」
アーガス騎士長の困惑が、俺の叫びに交じって聞こえた。
何が起こっているのか俺にもさっぱりだ。
だけど、この痛みの発生源だけははっきりしている。
まったく理解を超えているが、ありのまま今起こっていることを話すぜ。
ちんこの皮が、ひとりでに剥けていく。
何を言っているのかわからねェと思うが、俺も何をされているのかわからねェ。
ただ、視えざる力で皮を剥かれている。
けっして被っていたわけじゃなかった。だけど、ほんの少しだけ余っていた。
そのほんの少しの皮を、限界を超えてもまだ引っ張られている。
あたかも、体に纏っていた衣服の最後の一片まで脱がそうとするかのように。
「が、あ、あが、ぐ、ああ……!!」
感じる。力が……溢れてくる。
泡を吹きそうになりながら、俺はステータスを開いた。
――レベル28
――レベル29
痛みを代償に、五体に力が漲っていく。
「わちきはメロリナ・メルオーレ。カカ、局部裸身拳と脱衣強化か。なるほどの。力が欲しいなら、わちきがくれてやりんす」
いつの間にかの、銀髪の幼女が土俵の内側に立っていた。
あどけない姿と釣り合わない口調で言った瞬間、トドメの一剥きが施される。
「んんんんっっっ!!」
「こ、この力は、まさか二十年前と同じ……!?」
下手をすれば気を失いかけない痛みの中、ついに到達する。
ホログレムリンを瞬殺した時と同じく、レベル30の高みへと。