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第2話 振袖鶴子

 村の入口付近に一人取り残され、一瞬途方に暮れる私。いや、途方に暮れている場合ではない。夕暮れ時で遠くの山では烏も鳴いているし、夜にこんな辺鄙な村に放り出されるのは危険な気がする。


「誰か居ませんか……」


 人気の無い村の中を歩きながら一人進む。山から吹き荒ぶ風に田んぼの稲穂が靡いている。少し冷たい風が頬を叩く。その時、前方より自転車のベルの音が聞こえた。ポストへ手紙を投函している人物は……郵便屋さんだ!


「あ、あの! すいません」

「……はい……」


 民家へ手紙を投函し、自転車へ乗ろうとしたその人物を呼び止める。肩までかかる髪と制服を着たシルエットから女性なんだろうけど、郵便屋さんの帽子を目深に被り、片目が髪の毛で隠れていて表情が読めない。


「ごめんなさい突然声を掛けまして。友達に逢いに此処へ来まして。鶴ちゃんって言うんですが……鶴の名前がついた子。この村に居ませんか」

「……」


 郵便屋さんはじぃっと見えている片目で私を凝視した後、そのまま自転車を回転させ、反対方向へ向かおうとする。え、嘘? 行っちゃうの!?


「あの……待って」

「……ん」

「え?」


 郵便屋さんが手に持っている手紙と茶封筒。手紙の宛先が、振袖鶴彦、未知子、鶴子になっていた。あ、もしかして、今から手紙を届けるって事!? 一瞬見えた鶴子の名前に希望の光が灯る。


「……こっち」

「ありがとうございます」

 心なしか速足でも付いていける位のスピードで進む郵便屋さんの自転車。もしかして、この人……根は優しいのかもと思う私。途中、神社の鳥居らしきものに階段の続く場所を通過しようとした際、郵便屋さんは自転車のブレーキをキュっと鳴らして停止した。そして、階段の向こうを指差して。


「祠……壊してはいけない」

「え?」


「それだけ」

「あの!」


 再び自転車を進める郵便屋さんに慌てて続く私。そのまま道沿いにカーブを曲がったところで大きな屋敷が見えて来た。煌々と家の灯りもついている。大きな屋敷の門の前に自転車を止め、郵便屋さんは外門のチャイムを鳴らした。暫くして、インターホン越しに、女の人の声が出迎えた。


「はい」

「雫石です」

「どうぞ」


 郵便屋さんはそれだけやり取りをすると、中へと進んでいく。あ、一瞬だけこちらを見た。どうやらついて来いと言ってるみたい。家の玄関まで続く石畳は長く、整然とした中庭には池で鯉が跳ねる様子が見えた。玄関の引き扉が開いて、着物姿の女性が郵便屋さんを出迎える。後ろから付いて来た私を認識したのか、一瞬目を細め、微笑んだ。


「志麻ちゃんいつもお疲れ様です」

「未知子さん。これ、いつもの・・・・です」


 ハガキを数枚と、茶封筒を受け取った女性は、一旦懐へ郵便物をしまう。そして、女性はようやく私の方へ向き直り、志麻ちゃんと呼ばれた郵便屋さんへ尋ねた。


「志麻ちゃん、この子はゆき婆・・のお告げの子?」

「いえ。お嬢様に御用みたいです」

「え? 鶴子の……お友達?」


 首を九十度に傾げた女性の動きが一瞬不気味で背筋に悪寒が走る。でもそれは一瞬で、すぐに女性の表情があの笑顔で上塗りされる。


「あ、加藤茉莉乃かとうまりのと言います! 突然の来訪に驚かれたかもしれませんが、私。鶴子さんとネットで繋がってお友達になっていまし……」

「へぇ……ネット……」


 あ、今。私……まずい事言ったのかな?


「鶴子にこんな可愛らしいお友達が居ただなんてね。わたくしは振袖未知子ふりそでみちこ。鶴子の母です。娘がお世話になったのですね。ありがとうございます」

「え、あ。ありがとうございます」


 私がお辞儀したところで、未知子さんは立ち話もなんだから中へ入りなさいと言ってくれた。


「志麻ちゃん。今日はもういいわ。ありがとう」

「失礼します」


「あ、郵便屋さん。ありがとうございます」


 郵便屋さんがそのまま帰ろうとしたので、此処まで送ってくれた郵便屋さんへお礼を言う私。振り返らずに片手だけをあげ、颯爽と帰っていく郵便屋さん。腰につけた人参のキャラクター? らしき小さなキーチェーンのストラップが揺れていた。この人、やっぱりきっといい人だと思う。


 そのまま私は客間へと案内される。どうやら大広間では村の上役? 偉い方達が会合という名の宴会をしているらしい。旦那様って言ってたので鶴子ちゃんのお父さんはこの村の村長さんなんだろう。


「お茶を持ってきますね」


 客間へ座ったところで一度退席する未知子さん。掛け軸が飾られた広い畳の部屋。鶴ちゃんはこの広い屋敷の中に居るんだろうか? そんな事を考えていると、何やら廊下から足音が聞こえて来て、入口の襖を開ける音が客間に響く。


 黒髪を後ろで束ねた女の子は、両手の拳を震わせて真っ直ぐこちらを見た。鳶色の瞳が何故か潤んでいるようにも見えたけれど、眉間に皺を寄せた彼女の表情は硬かった。


「……リノアちゃん……なの!?」

「鶴ちゃん? やっぱり! 鶴ちゃんだ! 振袖鶴子さんって言うんだね。私は加藤茉莉乃。会いに来たんだよ、あなたが心配で! よかった、無事で!」


 立ち上がった私は逢えた喜びのまま、自己紹介をしながら鶴ちゃんの身体に触れようとしたのだけど、その手をパシンと叩かれてしまう。


「どうして……来たの! どうして?」

「え? だって、あなたが助けてって!」


 私は鞄から急いでスマホを取り出し、鶴ちゃんへSNSのチャット画面を見せる。見る見るうちに鶴ちゃんの顔面が蒼白となり……震える手で私のスマホを手に取ったまま、私に呟いた。


「嘘……こんなメッセージ……送ってないよ」

「え?」


「リノアちゃん帰って! 早く! でないと……リノアちゃんもアヤシロ様に!」

「え、ちょっと鶴ちゃん!」


 スマホを腕に押し付けられ、鶴ちゃんはそのまま客間を飛び出していった。私は追いかけようとしたが、入れ替わりで未知子さんがやって来たため、進路が塞がれる形となってしまう。


「あ、未知子さん」

「ごめんなさいね。気難しい子で。少し、お話しましょうか?」



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