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第3話 振袖鶴彦

まえがき

第3話終わりに残酷表現があります。心臓が弱い方、ホラー慣れしていない方は気をつけて、読み進めて下さい。


★★★★★


「あの……ごめんなさい。未知子さん、鶴ちゃんとお話したいのですが……」

「ごめんね。それは出来ないの。あの子、元々病弱でお家に引き籠もっていてね。今日は体調が優れないみたいで、明日改めてにしてくれないかしら」

「え、そうですか……」


 未知子さんが嘘をついているようには見えない。きっと病弱なのは事実なんだろう。鶴ちゃんとチャットをしていた際、お家から普段も出してもらえない話を本人から聞いていたから。


 でも、何か……喉に引っ掛かる何かが私の中に出て来ては呑み込まれる。時折背筋を這いずる蛇のようにゾワゾワと駆け巡るこの違和感は何? 


「茉莉乃ちゃん、だっけ?」

「え、はい」

「今日はどちらからいらしたの?」

「えっと東京からです」


 それは遠度遥々大変だったでしょうと労いの言葉を私に掛けつつ、未知子さんは紅茶とクッキーを出してくれた。優しい茶葉の香りが心を落ち着かせてくれる。


 紅茶を飲みつつ、未知子さんは鶴ちゃんの事や村の事を話してくれた。旦那さん……つまり鶴子ちゃんのお父さん、振袖鶴彦さんはこの村の地主らしい。旦那さんは村の仕事で忙しく、未知子さんは女で一つで病弱な鶴ちゃんを育てたんだと。


 この村の名前は那由多村。役場もスーパーもコンビニすらない。公共施設は村の中央にある葵商店と、学校。北にある診療所と一日一本だけ電車が来る駅のみ。


 地主の伝手つてを通じ、月一度、村の中央にある昔ながらの商店へ物資が届くのみ。基本は自給自足らしい。


「ここはね、地図にも載っていない、世間からも社会からも取り残された、忘れられた村なのよ」

「もしかして、スマホが圏外なのは」

「電波が届いていないから」


 え? じゃあどうやって鶴ちゃんはわたしとオンラインでチャットをしていたんだろう?


「考えても仕方がないわ。ごめんなさいね、茉莉乃ちゃん。今日はもう、帰りの電車がないから、うちの屋敷へ泊まっていって。鶴子もお友達が来て、本当は嬉しい筈なので」


 ネカフェも宿もない、こんな村の外に放り出されてしまっては怖いとは思っていたので泊まる場所を確保出来るのはありがたいと思った私は、お言葉に甘える事にした。


「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「広間は上役の叔父さん達が宴会してるから、離れを案内するわね」


 未知子さんへ連れられ、長い回廊を歩く。途中宴会会場では賑やかな声が漏れ聞こえていた。離れの一部屋だけでなく、未知子さんは、晩御飯まで用意してくれた。屋敷のメイドさんと宴会の料理を沢山作っていたみたいで、まるで旅館の宴会料理だった。


「こ、こんなに豪華な食事、ありがとうございます」

「娘のために来てくれたんだもの。このくらいは当然よ」


 搾り立ての果物ジュースに、自給自足の村自慢のお野菜、川魚の塩焼き。鹿肉のソテーに、お鍋。どれも素材の味を活かした美味しい料理ばかりだった。


「あれ……おかしいな……なんかぐるぐるしてる」


 ご飯をいっぱい食べた私は長旅で疲れたのか、急に瞼が重たくなってしまって。意識が微睡む中、一瞬未知子さんの歪んだ笑顔が見えたような気がして……。


「おやすみなさい……茉莉乃ちゃん」 

「……おやしゅみなさい」




『……早くおいで』


ん? 誰?


『祠で待ってるよ』


あなたは誰なの?


『わたしは…………りよ』


え?



「あれ? 此処は」


 気づけばふかふかの蒲団へ寝かせられていた私。何をしていたんだっけ? 眠たい目を擦りながら身を起こしたタイミングで未知子さんがお部屋へ入室して来た。


「おはよう茉莉乃ちゃん、昨日よっぽど疲れてたのね。そのまま眠っていたわよ」

「え、あ! すいません!」

「いえいえ。さぁ、みんな・・・へ紹介するから、いらっしゃい。お部屋の横に洗面所とトイレはあるわ」

「あ、ありがとうございます」


 顔を洗ってトイレへ行き、未知子さんへ案内されるがまま大広間へ向かう。部屋の襖を開けると、中央に体格の大きな髭面の男性と、隣には村の入口で逢ったお婆さん。あと何人か座っていた。髭面の男性が私の傍へやって来て、私の手を取った。


「いやぁ、ようこそ那由多村へ! 遠度遥々よく来なさった。村長の振袖鶴彦ふりそでつるひこだ。よろしく」

「あ、はい。加藤茉莉乃って言います。よろしくお願いします」



「昨晩、お告げの子は無事、アヤシロ様のとなった。この子は糧ではない。次期継ぐ子じゃ。丁重に扱うように」

「あの……お婆ちゃん……何の話を……」

「ゆき婆ちゃんと呼びなさい」

「えっと……ゆき婆ちゃん。よろしくお願いします」


 お婆ちゃんが何の事を言っているのかさっぱり分からなかったが、促されるままに上役の男性陣三名と、順々に自己紹介をする私。そのまま朝ご飯が用意され、一緒に食べる事になる。美味しい。微睡んでいた意識がクリアになる。


「わっ、美味しいです!」

「そうじゃろう、そうじゃろう」


 皆さんと談笑していると、辺鄙な村だけど、食事も美味しいし、人間味があって良い所だなって思えて来た。食べ終えたところで、お部屋へとある人物が入室して来る。あれは……郵便屋さんの志麻さんだ!


「志麻さん!」


 一瞬視線をこちらへ寄越しただけで、無言の志麻さんは抱えるほどの大きな四角い木箱を持って来て、鶴彦さんの前へ置く。アヤシロ様というのはこの村で祀っている神様なんだと鶴彦さんが説明してくれて。


彼女・・の名前は朝日雛菊あさひひなぎく昨晩、彼女の魂は彼岸へと渡り、立派な贄となった」


 鶴彦さんが箱の正面の板をスライドすると、その中には私と同じ位の歳であろう、女性の顔があった。そう、首から上、顔だけが美しく、苦しみから解放されたような安らかな表情で眠っていた。未知子さんが、私の肩に手を置いて、私へ優しく語り掛ける。


「茉莉乃ちゃん、彼女を見て……どう思う」


 どう思うという言葉が脳内を反芻する。その声に、なんだか不思議な心地良さを感じる私。そっか……思ったことを口にすればいいんだわ。


「ええ、とっても綺麗だなって」

「こういう時はね、よかったねって笑ってあげるのがいいのよ、茉莉乃ちゃん。さぁ、嗤いましょう」


 そっか、嗤えばいいんだぁ〜。


「フフフ、よかったねぇ〜〜雛菊さん」


「やぁーーめでたい! これで茉莉乃ちゃんも晴れて村の一員じゃ!」

「フフフフフ……アハ、アハハハハハ!」


 そっかぁー、じゃあ鶴ちゃんと同じ、村の仲間なんだぁーなんだか愉しくして嬉しくて、この時の私は村の人達と一緒に高らかに嗤ったんだ。

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