目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第2話 当然のことを当然のようにできる人って実は貴重

「姓は黒井、名は竜司といいます。こことは別の世界から来ました」

「別の……なんだと?」

「別の世界で一度死んで、女神の厚意でこの世界に転生させてもらったんです」

「オークに襲われて頭を打ったのか?」


 おっと。

 前の世界と同様に、この世界でも転生という概念はないようだ。

 なら説明を重ねても、頭のおかしい奴だと思われるのがオチか。

 それと、あの首チョンパされた怪物は、やっぱりオークなんだな。

 全身鎧のヒーロ……じゃなく、ヒロインもいるし、いよいよファンタジーだ。


「どうにも記憶が曖昧で、なんでこんな森の中にいるのか、もっと言えば、自分の住んでいた場所もわかりません。ひとまず森の外へ出してもらえないでしょうか。あと、通貨が流通しているなら金を稼ぐ手段と、今日明日くらいの寝床を世話してもらえるとありがたいです。後払いでちゃんと礼はします」 

「ぐいぐい来るな」

「死活問題なもので」


 フルフェイスヘルムで表情は見えないが、ライナさんが訝しんだ目を向けているのがはっきりとわかる。そりゃそうだろう。これでなんの疑いもなく信じられたら相手の頭の方を心配してしまう。


「まあいい。はぐれオークに殺されかけていたことは事実だしな。お前が何者かは後で考えるとしよう。名は……クロイと言ったか」

「お世話になります」

「気が早いぞ」


 右も左もわからない。もっと言うなら、この世界の一般常識すら俺は知らない。

 首の皮一枚で繋がっているご縁を逃してなるものか。プライドで腹は膨れない。


「他の者たちにも話を通さないといけない。そろそろ追いついてくると思うが」


 他の者?

 ライナさんが、走ってきた方向に視線をやった。

 俺も釣られてそちらに目を凝らすと、茂みの向こうから、ライナさんと同じ鎧を身に着けた男が四人、息を切らしながら駆けてきた。

 連中の頭上にもネームプレートと性別が表示されているが、ライナさんと違って頭部を守る装備はつけていないので、顔つきを見ただけで全員男だとわかる。


「ハァ、ハァ……どういう、つもりだ。一人で勝手に、先走りやがって……」


 欧米風の顔立ちでぺらぺら日本語を喋っているのを聞くと、こういうところでも異世界に来たことを実感させられるな。

 追いついてくるなりライナさんに悪態をついた男は、たぶん俺と同年くらいか。レンゲス・ダルクーズ(♂)と表示されている。

 そいつが俺をちらりと一瞥し、オークの骸を確認した。


「なるほどな。報告にあったはぐれオークを討伐したのか。しかし、分隊長である俺の『待て』という命令を聞かずに行動したことは見過ごせないぞ。今回の任務に関し、お前の貢献分は除外させてもらう」


 は?

 ライナさんが緊急を要すると判断して先行してくれたおかげで俺は九死に一生を得たわけだが? お前の命令に従っていたら、俺は今頃ミンチだったわけだが?


「承知した。独断行動についても謝罪する」

「ライナさん、それは」

「クロイ、口を挟むな」


 そうは言っても、助けられた者としては納得できない。

 レンゲスと、その後ろに連なる男たちは、ライナさんが素直に聞き入れたことを愉快そうに、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。


「ライナ、そいつは?」

「オークに襲われていたところを助けた。町まで保護したい」


 できれば町に着いてからも、しばらくはご厄介になりたい所存。


「別に構わないが、面倒はお前が見ろよ」

「それも承知している」

「なら、さっさとオークの討伐証明部位を取ってこい。お前が始末したんだから、最後までお前がやれ。ちゃんとオークに土も被せておけよ」

「了解した」


 分隊長だかなんだか知らんが、レンゲスはライナさんを顎で使うだけ。

 他の男たちも手伝う素振りを見せない、

 この分隊がここにいる五人編成なら、ライナさんは紅一点ということになる。

 加えて、俺にとっては命の恩人だ。

 そんな彼女が軽んじられているのを見せられては、心中穏やかでいられない。


 俺の不機嫌など意に介さないのか、それとも気づかないほど鈍いのか、オークの首の前で膝をつくライナさんを眺めながら、レンゲスが不躾に肩を組んできた。


「お前、さっきライナと名前で呼び合っていたようだが、知り合いなのか?」

「名前を知っているくらいで、話すのは初めてだ」


 こいつに敬語は必要ないな。


「あいつ、変わってるよな」


 俺に同意を求めているんだろうが、語調から『悪い意味で』というニュアンスを含んでいるのが丸わかりなので、何も答えなかった。


「あの厳ついヘルム、一身上の都合で外せないとか言ってやがるけど、あれ絶対、人に見せられないほど不細工だから隠しているんだろうぜ」


 彼女に聞こえていないと思って、言いたい放題だな。


「極度の恥ずかしがり屋なのかもしれないぞ」

「はは、それはそれで笑えるな」

「同じ隊の仲間なのに、素顔を見たことがないのか?」

「ないな。とにかく付き合いの悪い奴なんだよ。けどまあ、そこそこ腕は立つし、あのヘルムのことを詮索しない代わりに雑用諸々にも文句を言わないから、従順なうちは隊に置いてやっているのさ」


 上から目線な物言いがいちいち癇に障る。上司の器じゃないな。


 男に不満はあれど、俺にも他人を心配している余裕などない。

 あれこれ考えているうちに、ライナさんが作業を終えて戻ってきた。


「分隊長、討伐証明の牙だ」

「よし、よこせ」


 有無を言わさず、ライナさんから手柄を奪い取る。


「それじゃあ帰還するぞ。今回も楽な任務だったな」


 俺は危うく死にかけたし、働いたのもライナさん一人だというのに、レンゲスと他の男たちは労いの言葉もなく歩き出した。



          ◇◆◇



 オークは本来、森深くの洞窟に巣を設けるが、その巣を追い出された個体が稀に人里近くに降りてきて悪さをするという。今回のが、まさにそれだ。

 そんなはぐれオークを討伐せよとの指令が、国防を担う騎士団によって出され、レンゲス率いる分隊で対処に当たったのだとライナさんが話してくれた。

 というか、最初の印象どおり、やっぱり《騎士》なんだな。


 この森は《カタラの森》というらしく、現在向かっているのは《テドン》という名の町だそうだ。辺境ではあるが、隣国との交易の中継地点になっているとかで、都市と呼んでもいい規模なのだと、これもライナさんが教えてくれた。


「そんなことまで忘れてしまったのか……」


 ライナさんが呆れるように言った。

 だが、ショックで記憶が飛んでいるという出任せは信じてくれているようだ。

 いや、信じているというのは少し違うか。

 嘘をつく意味がわからないから、とりあえず話に合わせてくれている感じだ。

 なんにせよ、優しい。


 町に向かう道すがら、俺は加護について軽く整理することにした。

 ライナさんやレンゲスたちのネームプレートは、今もしっかり視えている。

 しかし、さっき天に召されたオークの頭上には何も表示されていなかった。

 その辺に生えている植物を注視しても同様だ。

 対象が人間のみという可能性もあるが、思うに、オークというのは種族名なのであって、固有名ではないからではないだろうか。そのため、固有名を持っていない相手の名前はわからないのだと俺は予想している。

 これについては、町に着いたら名前をつけられているペットなどで確認しよう。


 それにしても、相手の名前がわかるだけの加護って、なんの役に立つんだ?

 これって、あれだろ?

 異世界モノだとかなりメジャー。場合によっては特別な能力でもなんでもなく、標準搭載されていたりする《ステータス表示》とか《鑑定》なんかの超劣化版ってことじゃないの?

 もちろん、俺には名前と性別以外のステータスなんてわからない。

 もう一回言うけど、名前がわかるだけの加護って、なんの役に立つの?

 せめて、名前を書かれたら死ぬデスなノートとかセットで必要だろうが。


「顔が曇っているな。もうじき森を抜けるが、休憩が必要な時はちゃんと言え」


 ライナさん、強面ヘルムとかどうでもよくなるくらい、本当に優しい。


「それなりに疲れてはいるけど、歩きに支障はないです」

「そうか。怪我が無かったとはいえ、オークに襲われたんだ。無理はするなよ」


 トキメいてしまいそう。


「あんな怪物をあっさり倒してしまうなんて、ライナさんは強いんですね」

「騎士である以上、相応の強さは求められる。しかし、この程度ではまだまだだ」

「何か目標でも?」

「まあ、な。訳あって人に話すことはできないが、叶えたい大願なら抱いている。分不相応だと思いつつも、諦めたくはない」

「いいですね、そういうの。うん、男らしい。……と、男らしいは失礼か」

「え?」


 女性に対して、こういう時はどういう言葉が適切なんだろうか。

『カッコイイ』であれば、男女共通して褒めになるかもしれないな。


「それはそうと、ライナさんは一人暮らしでしょうか。それともご家族とお住まいでしょうか。部屋が余っていたりすると、大変ありがたいんですけれど」

「転がり込む気か……」

「他に頼れる人がいなくて」

「その厚かま……いや、潔さは好感が持てると言えなくもないが……。すまない、私は騎士寮で暮らしている。騎士でない者を入れることはできない」

「即日騎士になることは?」

「無理を言うな。適正試験を経てさらに訓練期間。いろいろと必要な手順がある」


 そりゃそうか。

 ライアさんの口ぶりからして、騎士とは国と民草を守護する誇り高き職だ。

 面接だけで採用が決まるアルバイトのようにはいかないだろう。


「例外的に、貴族の推薦で入団するという方法も、まあ……なくはないが」

「コネですか。騎士本人の口から、そういうことを言うのはまずいんじゃ?」

「いいや。誰でも知っていることだし、推薦自体は国にも認められていることだ。とはいえ、同じ騎士からは普通に後ろ指を指されるな。だからこそ、そんな方法で騎士になろうとする者はいない」

「なるほど」


 もう何度目かわからない「どうしたものか」を内心で呟いた。

 最悪、路上生活だな。今の時期だけそうなのか。肌に感じる気温は暑くもなく、寒くもなく。治安さえ良ければ死にはしないだろう。

 などと考えていたら、ライナさんが「はぁ……」と大きくため息をついた。


「……二、三日程度なら都合をつけてやれるかもしれない。私が口利きをすれば、騎士団の詰所を寝床にさせてもらえるだろう。最低限の食料くらいは運んでやる」

「本当ですか!? ありがたい!」

「だが、二、三日だ。それ以上の面倒は見てやれないぞ。その間に働き口を探せ」

「何から何まで感謝します」

「感謝などいらない。騎士として、当然の責務を果たしているだけだ」


 前を歩いているあの連中も、一応は騎士のはずですがね。

 ライナさんが特別いい人なのか、連中が特別クズなのか。

 騎士に対する評価は、ひとまず保留だな。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?