川で遊んだ後、BBQの片付けをする。
「ねぇ、春樹くん、どこ行ったの?」
そう聞いたのは亜希子ちゃんだ。そういえば春樹が見当たらない。
「あれ、アイツ、サボってんのか?」
そう言って真人が笑う。高校時代も春樹はいつも人の目を盗んで良くサボっていたからだ。
「おーい!」
少し離れた所からだろうか、声がする。春樹の声だ。皆が声の方を向く。春樹はBBQをしていた場所から離れた、奥の方から手を振っている。
「こっち! こっち!」
皆で顔を見合わせて、春樹の居る場所へ向かう。ゴツゴツした岩場に注意しながら、春樹の居る場所へ行く。春樹は河原の奥で何かを見ていた。
「何だよ、春樹。」
真人が聞くと春樹が言う。
「なぁ、これ見てくれよ。」
春樹がそう言って指さす。春樹が指さした所には見た事も無いような形の物がある。
「何だ? これ…」
どう言えば良いのか分からないソレは、家のような形をしていたが、ただの石の杭のようにも見える。そしてソレはいくつもその場に刺してある。まるでこの先に行くなとでも言うように。
「なぁ、これさー…」
そう言って振り向いた春樹の手には、もう既にソレが握られていた。
「おまっ、ソレ、抜いたの?!」
思わずそう言う。春樹は少し笑って言う。
「え、うん、だってさ、見てよ、これ。」
そう言って春樹が差し出したソレ。土に埋まっていた部分は浅かったのか、土の付いた部分はほんの少ししか無くて、しかも上の部分は本当に家の形をしている。
「抜いたっていうかさー、ここに来た時、蹴っちゃったみたいでさ。」
春樹はそう言って笑う。
「転がっちゃったんだよ。」
春樹の手の中のソレは根元がポッキリと折れたのか、石に新しい部分が見えている。
「折れてんじゃん。」
俺がそう言うと春樹が笑う。
「みたいだな。」
みたいだなって…。不意に亜希子ちゃんが言う。
「ねぇ、ソレ、戻しておきなよ。どう見たって人工物じゃん。」
確かにそうだ。
「でも戻すって言ってもさー、折れてるんだから無理じゃね?」
真人がそう言う。
「でも、一応、さ。元の場所に置いておくとか。」
麗奈ちゃんがそう言う。
「だな、持っててもしょうがないし。」
俺もそれに同意する。春樹は何かブツブツ言いながらソレを元の場所なのか、足元に置く。急にざわざわと川の向こう側がざわめき立つ。何だかヒソヒソと人の声のようなものまで聞こえて来るような気がする。
「なぁ、行こうぜ。」
真人がそう言う。皆が歩き出しても春樹はそこでぼーっと立っている。
「春樹! 行くぞ!」
真人が春樹の腕を引っ張る。
◇◇◇
BBQの片付けを終わらせて、河原からも見える位置にある、テントの張ってある空き地に戻る。
カーン、カーン…
鐘の音のような音もまだ聞こえている。
「えーと、キャンプって何して遊ぶんだっけ?」
そう言って真人が笑う。
「普通は、というか…テント前でキャンプファイヤーとかするんだよね。」
亜希子ちゃんが言う。
「そうだね、でも火は使っちゃいけないって言われてるしなぁ。」
俺がそう言うと、麗奈ちゃんが少し膨れて言う。
「つまんなーい。」
そう言われて皆が笑う。春樹は皆から少し離れた所に座っていて、手に何かを持っている。…石のようなもの…。もしかして…!! 俺は春樹に駆け寄る。
「お前、ソレ…」
俺にそう声を掛けられ、春樹が俺を見る…いや、俺を見ているけど、見ていない。
「ん? これ…?」
春樹は手に持っていたソレを俺に見せて来る。さっき手にしていたものとは形が少し違う。
「あれ、違うやつ…?」
春樹の持っているソレはさっき見たやつよりも新しい、というか。それよりも春樹の様子がおかしい。春樹は手に持っているそれを大事そうに撫でている。
「良いだろ、これ…」
何だか気味悪い様子に俺はちょっと怖くなって、後退る。そのまま俺は皆の所に戻って言う。
「なぁ、春樹、ヤバいよ。」
そう言うと真人が聞く。
「ヤバいって?」
俺は春樹を指さす。
「見ろよ、あれ…」
春樹は体を丸めるような態勢で、手の中にあるソレを撫でて何かブツブツ言っている。不意に春樹が大きな声で言う。
「ナガシノミコト、サカサマサカサマ、カネナリカネナリ…」
全員がそれを聞いて驚く。
「今、何て言った? アイツ。」
真人が聞く。
「いや、知らねぇよ。」
俺がそう言うと、また春樹が大きな声で言う。
「ナガシノミコトーサカサマサカサマーカネナリカネナリー…」
昼間だから、良いけど。でも怖いものは怖い。
「何なの、アイツ、こえーよ。」
真人が言う。いや、皆そうだし。女の子二人は肩寄せ合っている。
その時。
「おい!お前ら!」
そう言う声でビクッとなる。振り向くとシキョウさんが居た。
「今、変な声が聞こえたが、何かしたのか!」
シキョウさんはそう言って俺たちに近付く。
「ナガシノミコト、サカサマサカサマ、カネナリカネナリ…」
春樹が今度は小さな声で言う。それを聞いたシキョウさんはカッと目を見開き、春樹を見る。そして俺たちに聞く。
「何をしたんだ!」
俺たちは何もしていない。やったのは春樹だ。
「春樹がさっき、BBQの時に河原で何か変なもの、蹴ったって…」
そう聞いたシキョウさんは春樹の元へ行く。春樹はシキョウさんが近付くと怯えたように体を丸くして、手の中のソレを抱え込む。
「ナガシノミコト、サカサマサカサマ、カネナリカネナリ…」
春樹はそう言いながら、シキョウさんを見上げる。シキョウさんは大きな溜息をつくと、俺たちに振り返る。
「お前たち、俺について来い。」
シキョウさんは春樹を軽々持ち上げ、抱えると歩き出す。
カーン、カーン…
鐘の音のような音がまた響く。少し近くなっているような気がする。
「チッ。」
シキョウさんが舌打ちをして、俺たちに言う。
「早くついて来い!」
その場に居た全員が慌ててシキョウさんに付いて行く。シキョウさんは春樹を抱えたまま、ガシガシと歩き、河原に向かう。春樹が見つけた、あの杭の場所だ。シキョウさんが春樹を下ろし、言う。
「おい、お前! 手に持ってる祠、置け。」
祠? 今、祠って言ったか? 手に持ってる? 春樹が怯えながら首を振る。シキョウさんはしゃがみ込むと春樹に顔を近付けて言う。
「置け。」
シキョウさんに睨まれた春樹は手に持っていたソレを置く。シキョウさんは突然、何やら呪文のような、お経のようなものを唱えながら、昔、何かで見たような、指を組み、最後にパチンと握った拳をもう片方の手の平で打つ。その途端、春樹がグラッと倒れ込む。シキョウさんが春樹を支え、言う。
「そこのお前! 来い!」
そう呼ばれたのは俺だ。近付くとシキョウさんが言う。
「支えてやれ。」
そう言われて春樹を支える。シキョウさんは春樹が持っていたソレを元の位置に戻すと、俺に言う。
「今晩はちょっと厄介な事になりそうだが、耐えろよ。」
そう言ったシキョウさんは微笑んでいるけど、何だかちょっと悲しそうだった。