春樹を支え、俺たちは空き地に戻った。シキョウさんが言う。
「今夜はこのテントは使わないが、このままにしておく。」
このまま? 真人が聞く。
「荷物とかは…?」
シキョウさんが少し笑って、言う。
「身代わりを置いておかないといけないからな、貴重品だけ持て。スマホとか財布の
身代わり? 一体、何で…そう思いながらも、その答えが聞けなかった。
そして。
カーン、カーン…
鳴り続ける鐘の音のような音。
◇◇◇
俺たちはシキョウさんに連れられて、あのオンボロの小屋へ入る。春樹は俺が支えて。シキョウさんは小屋の奥の部屋に俺たちを入れる。
「狭いが我慢してくれ、おそらく今夜はここが一番安全だからな。」
部屋にはベッドが置かれていて、俺はとりあえずそこに春樹を寝かせた。シキョウさんは慌ただしく何かをしている。この状況は一体、何なんだ…。皆がそう思っていたと思う。それでも誰もそれを聞かないのはそれを知ったら怖くて耐えられない気がしたからだろう。春樹はベッドの上で目を閉じているけど、苦しそうな感じはしない。シキョウさんは忙しそうに動き回っていて、俺は部屋に居る他の3人と顔を見合わせる。亜希子ちゃんと麗奈ちゃんは不安そうに肩寄せ合い、真人は何が起きているのか分からなくて苛ついている。
「なぁシンジ、これ、何なんだよ…」
真人にそう言われても俺には答えられない。
「俺にも分かんねぇよ…でも…」
俺は動き回っているシキョウさんを見る。
「何か手伝えないか、聞いて来る。」
そう言って俺は部屋を出ようとした。
「出るな。」
そう言ったのはシキョウさんだ。驚いて声の方を向くと、シキョウさんは部屋のすぐ脇に膝を付いて何かをしていた。
「部屋を出るな。お前たちは既に目を付けられてる。外に立っているテントの中身で何とか身代わりになるだろうが、本人たちの気配を消さなきゃならん。」
さっきからシキョウさんの言っている意味が分からなくて、俺は、俺たちは不安なのに。その不安が膨らんでイライラしているのも分かっている。
「説明してくださいよ!」
そう怒鳴ったのは真人だった。シキョウさんは立ち上がり、俺たちの居る部屋に来ると言う。
「説明はしてやる、だが今は忙しい。どうせ今夜は眠れない夜になるだろうから、それまで待て…生きて帰りたいならな。」
そう言われてしまえば、俺たちに出来る事なんて無かった、待つ事以外は。
◇◇◇
時が刻々と過ぎて行く。外は日が暮れかけている。シキョウさんは変わらず動き回って何かをしている。
「祠って言ってたよな…」
真人が呟くように言う。
「あぁ、確か、シキョウさんが春樹の持ってた石を見て、そう言ってた。」
俺がそう答えると真人が言う。
「春樹があんなとこに行かなければ、俺たちは巻き込まれなかったんじゃね?」
それは皆が思っている事だろう。わざわざ口に出さないだけで。
「春樹があんなものに手を出さなければ、普通に少し気味が悪いってだけで、何にも起こらなかったんじゃね?」
でもそれは今、言っても仕方ない事だ。
「確かにそうだけど、でもそれはもう言っても意味無いだろ…」
俺がそう言うと、真人が舌打ちする。皆、怖いんだ。俺だって怖い。
カーン、カーン…
鐘の音のような音が近付いて来ている気がする。
「何か出来る事はねぇのかよ。」
真人が言う。確かにそうだ。何かしていなければ、何かをしていれば気が紛れるかもしれない。不意にベッドに寝ていた春樹がうなされるように言う。
「ナガシノミコト…サカサマサカサマ…」
あの祠を手にしてから、春樹はそればっかり言っている。ナガシノミコト…一体、何の事なんだろう。俺は手に持っていたスマホで検索をかけてみる。電波が弱いせいで検索に時間がかかる。検索結果が表示され、それを見て行く。どれもピンとは来ない。スマホの画面をスクロールする。一番下にあった検索結果を見て、俺は言う。
「なぁ、見てくれ、これ…」
皆にスマホを見せる。スマホに映されているサイトはどこかの掲示板。そこにナガシノミコトという言葉があった。
ナガシノミコトっていう言葉、誰か知ってる奴、居ないか?
それについて返答をする奴は居なかった。
「これじゃ何の事か分かんないじゃん。」
亜希子ちゃんがそう言う。
「誰も知らないって事だよね。」
麗奈ちゃんが言う。
「でも書き込んだ奴は、何か知ってるかもしれないよな。」
皆がそれぞれ、自分のスマホで検索をかけ始める。何か知りたい、俺たちが何に巻き込まれているのか、何をしてしまったのか。俺は検索ワードを変えてみる。
ナガシノミコト 祠 壊す
表示されるのは祠を壊したらどうなるのかっていう事と、いくつかの創作の話、ネットに落ちているネタのような話…ナガシノミコトについては何も出て来ない。
「祠、壊したら、大体は呪われるとか、異世界に連れ込まれるとか、何かが憑りつくとか、だね。」
そう言ったのは亜希子ちゃん。春樹を見る限り、何かに憑り付かれている感じがする。ずっと意味の分からない言葉を言い続けるし。
「身代わりって言ってたよな? やっぱりどっかに連れて行かれる系なのかな。」
真人が言う。溜息をつく、ダメだ。全然分からない。
「ネットにも載ってないんだね。」
麗奈ちゃんが言う。何かが分からない時、いつもネットで検索をして、大抵はそれで答えが分かる。誰かの経験則だったり、自分たちが無知で知らなかった事が載っているのがネットだ。そのネットにも載っていない。これじゃあお手上げだ。不意に部屋の扉が開く。シキョウさんが現れ、部屋のテーブルの上にドサッと大量のお菓子を置く。
「これでも食ってろ。暇潰しくらいにはなるだろ。」
そう言って出て行こうとするシキョウさんに聞く。
「いつ頃、話してくれますか?」
俺がそう聞くとシキョウさんが少し笑う。
「もう日が暮れる。日が暮れたら、俺もお前たちと一緒に籠る。夜は長いんだ、嫌でも付き合って貰うぞ。」
そう言ったシキョウさんは何だかさっきよりもずっと優しい。一緒に籠るとそう言ってくれて少し安心する。シキョウさんが何者で、一体、何を知っているのか。もう少し我慢したら、全部を知る事が出来る。
「今から窓を閉じる。外から見えないように板を打つからな。」
そう言ってシキョウさんは部屋を出て行く。
「何か、いつかどっかで読んだ事がある怪談みたいな展開だな。」
真人がそう言う。確かにそうだ。部屋に面した窓の外にシキョウさんが立ち、窓を閉じるように板を打って行く。
トン、トン、トン、トン…
金槌の音が鈍く響く。板が打ち付けられる度に、部屋から灯りが消えて行く。シキョウさんの金槌の音と一緒にまた鳴る鐘の音のような音。
カーン、カーン…
さっきよりも近い気がする。
この時はまだ俺たちは何も知らなかったんだ。
怪談みたいな展開だって言ったけど、それよりももっと恐ろしい事に巻き込まれている事に。