窓が全部、塞がれて部屋は真っ暗だった。
「電気、ねぇのかよ。」
真人がスマホの灯りをつけて言う。ドスドスと足音を響かせて、シキョウさんが戻って来る。シキョウさんは何かを手に持っている。それをテーブルに置くと火をつけた。ロウソクの灯りで部屋が明るくなる。
「電気とか無いんスか?」
真人がそう聞く。シキョウさんは笑って言う。
「あるにはあるが、今晩はダメだ。恐らく使い物にならないだろうからな。」
そこでシキョウさんが溜息をついて、言う。
「もう太陽が沈む。これからが本番だ。お前たちに事情を話すが、あと少し待ってくれ。入り口を固める。」
シキョウさんが言う言葉の一つ一つに重みがあった。これからが本番で、入口を固めるとそう言った。固めるって一体、何の事なんだろう。
◇◇◇
シキョウさんがしばらくして戻って来る。戻って来たシキョウさんは手にたくさんの物を持っていた。
「今晩の飯だ。」
そう言ってドサッと置かれた大量の保存食。そしてシキョウさんはその場に居た一人一人に小さなコップを渡して行く。春樹を抜いた4人がコップを持つと、シキョウさんはそこに何かを注ぐ。ほんの少しずつ、注がれたそれは日本酒だった。
「清酒だ、一口、いやひと舐めで良い、体に入れろ。」
そう言われて全員がそれを口にした。シキョウさんは皆がそれを口に入れたのを見て、自分もそれを瓶ごと含み、飲む。そしてベッドに寝かされている春樹にもシキョウさんがそれを含ませる。シキョウさんは部屋の入口に立ち、俺たちを見回して、溜息をつき、聞く。
「何から知りたい?」
そう聞かれても誰も何も言えなかった。何から知れば良いのか、分からなかったから。
「シキョウさんは何者なんですか?」
そう聞いたのは真人だ。シキョウさんは笑ってその場に座り込み、言う。
「俺の名はシキョウだと言ったな? 苗字はシキョウ、名はオウゴだと。漢字で書くとこうだ。」
そう言ってシキョウさんは持っていたスマホに自分の名前を打ち込み、見せてくれた。
止境 央護
「境目を止め、中央を護る。それが俺の名だ。」
そして部屋を見回し、真人を見て言う。
「お前は神崎真人だな?」
何で名前を知ってるんだ? と思ったけど、それは当たり前だった。申し込み書に書いたんだから。シキョウさんは俺を見て言う。
「そしてお前が氏家真司。」
ベッドに寝ている春樹を見て、シキョウさんが笑う。
「神崎と氏家、二人と一緒に居るんだから、最初に喰われるのはアイツだった訳だ。」
何の話なんだろう? そう思っていると真人が言う。
「で、シキョウさんは何者なんですか?」
そう聞かれシキョウさんが笑う。
「そうだったな。俺はこの土地で境界を護っている、まぁ、分かりやすく言えば、僧侶みたいなもんだ。」
そう言いながらシキョウさんは首元を下げる。そこには大きな数珠のような首飾りがあった。
「昔は陰陽師とか、呪術師なんて言われ方もしたが、まぁ、そんなようなもんだ。」
そして清酒をまた一口飲んで、話し出す。
「まず、何から話すか…、この土地に巣食うものの話からか。」
その昔、この土地も他と変わらない土地だったそうだ。シキョウさんの先祖は代々、僧侶、陰陽師、呪術師として、この土地を護って来た。だが。
「今の俺から見て数代前に、川の向こう側に妙な連中が住み着いてな。」
白い袈裟を着て、僧侶の真似事をしながら、粗末な生活をしていた彼らは自分たちをナガシノミコトと呼んだ。どうやらナガシノという神みたいなものを信仰しているらしかった。
「神みたいなもの?」
俺がそう聞くとシキョウさんが頷く。
「あぁ、神の真似事をしている、人間だよ。いわゆるカルト宗教だ。」
カルト宗教と聞いて、何だか怖さのベクトルが変わって来る。
彼らは普段、害を為す事は無く、自分たちの村のように使っている、川の向こう側に引き籠っているらしい。
「時折、何人か、川の向こうから出て来ては、この辺を歩いている人間を攫うんだ。じゃないと村自体が血が濃くなって消滅するからな。」
シキョウさんがそう言う。
近親婚、そういうものがその村の中では当たり前なのだという。でも血が濃くなると、いわゆる精神に支障を来す者も出て来る事があるという。
「そういう者たちを祭り上げ、生贄として捧げて、神格化して行ったんだろう。」
シキョウさんがそう言いながら、今度は誰も手を付けないでいた、保存食に手を伸ばす。器用にいくつかの缶を開けて、テーブルに置く。
「食べておけよ。」
そう言いながら、シキョウさんはまた清酒を飲む。
「でも、それなら、何で春樹があんなふうに…」
俺がそう聞くとシキョウさんが笑う。
「話はここからだ。」
ナガシノミコトの連中はそのうちに呪術に手を出すようになったという。
「最初は真似事だったんだ。神と名乗っていた最初の奴と同じだな。」
そしてその呪術が本格化していき、呪いのようなものに変化していったそうだ。
「奴らの神は根本が人間だ。だから欲や俗にまみれている。欲や俗にまみれた人間の考える呪術なんてものは、底が知れている。」
シキョウさんはそう言うと少し笑う。
「自分たちの決めた場所で、自分たちの好きなように生きていくなら、誰も文句は言わない。だが厄介な事にアイツらは人を攫うんだ。」
真人が言う。
「だったら、警察に言えば良いじゃないですか!」
そう言った真人にシキョウさんが言う。
「攫われた本人が自分の意志でそこに居ると、そう言ったら?」
民事不介入…。そんな言葉が浮かぶ。
「大抵のカルト宗教なんてものはそんなもんだ。洗脳しちまえば、出て来られる可能性が低くなる。」
シキョウさんはそう言って溜息をつき、言う。
「とにかく、アイツらそうやってずっと村の体を為して来たんだ。そして数代かけて、その呪術を完成させて来た。」
シキョウさんが身代わりとして、テントに俺たちの荷物を置いたのは、彼らが俺たちが逃げたと思わせる為だったという。
「そこに居る生田春樹っていう奴は、アイツらが置いた罠に触れたんだ。」
シキョウさんがそう言う。
「罠っていうのは、あの祠の事ですか?」
俺がそう聞くと、シキョウさんが頷く。
「あぁ、あれは触れた奴が、川の向こう側に持って行かれるように仕組まれてる。」
そう言われて俺は思い出す。シキョウさんは河原の奥には行くなとそう言っていた事を。
「もしかして、朝言ってた、河原の奥には行くなっていうのは…」
そう俺が言うとシキョウさんが苦笑いする。
「あぁ、あの祠みたいなものの所には行くなっていう意味だったんだが。」
俺たちは地図上に引かれた赤いラインに気を取られていて、それを誤認したんだ…。
「それについては俺が悪い。説明が不足していた。」
シキョウさんがそう言う。
「でもどうしてこんな危険と隣り合わせの土地をキャンプ場として開放してるんです?」
亜希子ちゃんがそう聞く。シキョウさんが笑う。
「アイツらは呪術を使っていると言ったな? 俺たち一族もその類は得意なんだ。だからアイツらは俺には手を出さない。ここ十年以上は何も無かったんだ。」
そう言ってシキョウさんは息をつく。