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第5話ー真骨頂ー

最初はどこかの都会から来た若者連中が、キャンプをさせて欲しいと言って来た事が始まりだったそうだ。その時は断ったが、それから何人も来るようになった。勝手にキャンプをし出す奴まで出て来て、危ないと言っても大丈夫だと言って聞かず、勝手にキャンプをしては片付けもせずに荒らして行く奴も居たそうだ。勝手に木々を切り開いて、勝手にキャンプをして汚して行くのが目に余ったシキョウさんは仕方なくキャンプ場としてこの地を開いたそうだ。


「人が出入りするのは悪い事じゃない。人の気が循環するんだ。良い気が循環すれば、それはこの土地にも良い。」

シキョウさんはそう言って溜息をまたついた。

「春樹の言ってた、ナガシノミコト、サカサマサカサマ、カネナリカネナリっていうは…」

俺がそう聞くとシキョウさんが言う。

「ナガシノミコトっていうのはアイツらの事だ。カネナリはお前らも聞いているだろう? あの鐘の音だ。サカサマっていうのは人を攫って行く時に担いで運ぶから、逆様に見えるって事だろう。」

そう言えば、鐘が鳴っていない。

「あの鐘の音は何なんですか?」

今度は麗奈ちゃんが聞く。

「あれはナガシノっていう神の真似事をしている奴が、生贄を欲しているっていう合図だ。」

だからシキョウさんは舌打ちしていたんだ。

「それで、俺たちはどうなるんです?」

そう聞くとシキョウさんが笑う。

「大丈夫だ、俺に任せておけ。」



遠くからザザッザザッと足音が響いて来る。

「来たな。」

そう言ってシキョウさんがニヤリと笑う。


ドン!ドン!ドン!ドン!


小屋の入口を叩く音。皆が身をすくめる。シキョウさんは立ち上がって人差し指を口の前で立てて、しーっとゼスチャーすると、部屋を出て行く。


「お迎えにあがりましたぁー。」

甲高い声が響く。その途端、シキョウさんが大きな声でお経のようなものを唱え始める。俺は気になって部屋の入口からシキョウさんの居る場所を見る。シキョウさんは手を組み、指を色んな形に組み替えて、その間中、ずっとお経のようなものを唱えている。

「お迎えにあがりましたー…」

また同じ声が響くが、少し声が小さくなった気がする。シキョウさんは昼間、河原で見たように、拳を握り、もう片方の手を平いて、拳を手の平に打つ。その時、俺は見た。シキョウさんが拳を打った時、その打った波動みたいなものを。


シキョウさんは本物だ。直感的にそう思った。


シキョウさんは離れている俺から見ても分かるくらい大きく息を吸い込むと、言う。

「失せろ!!!」

そして扉を開く。固めるって言っていた扉を開いたら危ないんじゃないか? なんて思った俺が浅はかだった。その扉の向こうには白装束を来た何人もの人が立っている。2メートルはありそうなシキョウさんが仁王立ちになり、ソイツらを見下ろして言う。

「ナガシノに言っておけ、今日のにえは俺が食ったと。」

扉の向こうの人たちが息を飲むのが聞こえる。

「困りますー困りますー」

ナガシノミコトの誰かが小さな甲高い声でそう言う。

「知るか!もう遅い、俺が食ったんだ。」

そしてずっと手に持っていた清酒を見せる。

「掛けられたいか? それとも呪詛をそのまま返してやろうか?」

シキョウさんがそう言った瞬間、その中に居た一人が飛び出して来て、シキョウさんの脇を擦り抜けて中に入って来る。そしてロウソクの灯りのある俺たちの居る部屋に走って来る。俺は顔を引っ込めたけど、そのナガシノミコトの一人は部屋の前に立ち、部屋を見回している。全員が固まった。身動きしたら連れて行かれそうな気がしたからだ。


でも。


「どこに隠した!どこに隠した!」

良く見れば男のようだ。でも小柄で細い。その男は俺たちに気付いていない。…というか見えていない…? シキョウさんがガシガシ歩いて来て言う。

「だから言っただろう? 俺が食ったんだ。」

そしてその男の首根っこを掴んで持ち上げると言う。

「勇敢だな、立候補するなんて。」

そう言って大声で笑う。

「お前に呪詛を返してやろう。」

シキョウさんがそう言うと今度は女性の声が言う。

「ダメ! ダメ!」

シキョウさんは俺たちを見て軽くウィンクして、その小男を掴んだまま歩き出す。俺はまた部屋の入口からシキョウさんの居る場所を見る。シキョウさんは入口に立ち、言う。

「じゃあ、取り換えっこだ。コイツを返してやる、だから川の向こうから出て来るな。」

シキョウさんがそう言うと、今度は別の声が言う。

「それはならん!」

ナガシノミコトの連中の中から、今度は老人が出て来る。シキョウさんが嫌がる小男を掴んだまま、老人に向き合う。

「おいでなすったな、ナガシノさんよ。」

シキョウさんがそう言う。老人は杖を付きながら、ヨロヨロと歩く。シキョウさんが笑う。

「コイツに呪詛を返しても良いんだな?」

シキョウさんがそう聞く。老人が唸る。

「呪詛も返すな、川の向こう側からの出入りも自由にしろ、は暴論じゃないか。」

老人はわなわなと震え、何も言わない。

「ナガシノさんよ、お前さんには分かるだろう? 俺が稀代の“ソレ”だと。」

シキョウさんは笑いながら掴んでいる小男を見る。

「アンタもそろそろ終わりだろ、んで継げる奴なんか居ないんだろ。まさか、コイツが次か?」

小男は小さな声でハナセ、ハナセと言っている。

「今、ここで終わらせてやっても良いけどな。」

シキョウさんが老人を見る。

「わ、わかった…もう川の向こう側からは出ん。だから…」

シキョウさんは笑って掴んでいた小男をナガシノミコトの中に放り込む。

「何をやっても良いが、返される覚悟はしとけよ。」

そして、手を組むと、言う。

「あの祠も、その数に応じて、ナガシノさんのとこに返って行くからな。」

シキョウさんはそう言ってまた指の形を変えながらお経のようなものを唱え始める。ナガシノミコトの連中がバラバラと暗闇に消えて行く。


◇◇◇


シキョウさんが部屋に戻って来る。

「これで終わりっスか?」

真人が聞く。シキョウさんがドカッと座って言う。

「多少の呪いは来るだろうな。」

俺たち全員がギョッとする。

「呪い?!」

思わず言うと、シキョウさんが笑う。

「大丈夫だ、何の為に固めたと思ってる。」

シキョウさんがそう言った途端、ガタガタと小屋が震える。けれど、すぐに収まった。

「シキョウさん、何者なんスか…」

俺が言うとシキョウさんが笑う。

「ただの僧侶崩れさ。」

シキョウさんが全く慌てていなかったのは、こういう事なんだと分かる。

「それにしても何で、あの小さい男には俺たちが見えなかったんです?」

俺が聞くとシキョウさんが手に持っていた酒瓶を見せる。

「これはな、うちに代々伝わる、いわゆる、お清めの酒なんだ。」

俺たちが一口、ひと舐めでも良いから口に入れろと言われた酒。

「これを入れておけば、不浄のものはお前らを視認出来なくなるように術をかけた。」

サラッとすごい事を言っているような気がする。

「あぁ、それから、お前ら…特にお前とお前。」

シキョウさんがそう言って俺と真人を指さす。


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