202×年 7月20日――
翌日。
慣れない労働で倒れるように眠った俺は、日の出と共に目が覚める。
昨日残っていた不安は――よく寝たからだろうか、今では綺麗になくなっていた。けど……一度感じた違和感っていうのは、なかなか無くならないんだな。
なんとなく気分転換したくなった俺は、夜の残り物を食べてから外に出る事にした。
あの後、吉江さんがご飯を炊いて持ってきてくれたんだよ。惣菜だけでも嬉しいのに、わざわざ持ってきてくれてさ……本当に感謝しかないな。
「さて、出掛けるか」
門を出て右へと振り向くと、その道はある山へと続いている。その道を見て、俺は中沢さんとの話を思い出す。
「確か、この道をまっすぐに歩いていくと……山へと入る道があるんだったな。その道を真っ直ぐに進めば、祠があるって言ってたな」
ちょっと見に行くくらいなら、いいかな。気分転換だし。一応どんなのか、見ておいた方がいいだろう。
教えてもらった通りに道を歩いていくと、三方向に伸びる道にぶつかった。左と右は田んぼ沿いの細道。そして、真ん中だけが山に通じており、妙にぽっかりと空いている。
まるで木々がそこを避けているかのようだ。そこには石造りの階段が見える。まだ太陽が登り切っていないせいか……ここからでは階段の先を確認する事ができない。
無意識に唾を飲み込む……そして、黒い
「よし、行くぞ!」
そして一歩、また一歩……雨で濡れている階段を踏み締めて登っていった。
「祠はどこにあるんだよ……」
俺は登ってきた階段を見下ろす。だいぶ高い位置に来ているようだ。入ってきた場所が握り拳くらいの大きさになっている。
「しっかし、あっちいな……」
俺はおでこから流れる汗を手で拭う。早朝にもかかわらず、ここはジメジメして蒸し暑い。
しかも登っても、登っても祠が見えない。心が折れそうになってくる。
「ほんと、いつまで続くんだよ……心臓破りの階段、て名付けてもいいだろ、これ」
悪態をつきながら、俺は登り続けた。
最後の方は意地だ。途中で降りたら、なんとなく負けた気になる。意外と負けず嫌いなんだ、俺。
すると入り口が見えなくなった頃に、やっと階段の途切れ目が見えてきた。この先にまた階段、となっていなければ良いんだけどな……。
恐る恐る登ってみると、また階段……ではなく、そこには祠が建っていた。あー、良かった。
安堵した俺はまじまじと祠を見てみる。祠の大きさは、想像していたものより小さめだ。ああ、小学校に置いてあった百葉箱? あれくらいの大きさかな。
俺が想像する祠の前には花とか、酒とかのお供えものが置かれているイメージだったんだけど……祠の前には何も置いていない。その代わりに、周囲には小ぶりの可愛い白い花が、祠を囲むように咲いていた。
花の形は――ああ、あれだ。風鈴みたい。風が吹いたら、綺麗な音で鳴りそうだな。
ただ……俺も花の名前に詳しいわけじゃないから、名前は思い出せないや。
なんとなく寂しげに咲いているように見える花を横目に、俺は祠を見る。扉には鍵穴っぽいのはあるけど、鍵が掛かってるのか?
試しに開けてみたくなりそうだ、って思ってたけど……中沢さんのようにああやって言われたら、そりゃ怖いよな……。
そう言えば、中沢さん夫妻には子どもがいるんだっけ? うん、いなかったな。田舎なのに子なしって珍しいな、と思った記憶がある。
田舎なら子どもは二人以上いるもんだと思ってたからな、俺。実際ここで育った母さんは三人兄妹だったって言ってたし。
改めて祠を見てみると、雨風にさらされているからか、祠の木肌は黒く変色していた。触れたら今にも壊れそうだ。
ああ、だから中沢さんも「祠に触るな」って言ったのかな? 危ないもんな……それにしては怖かったけどな――。
もう少しよく見てみよう、と思って一歩祠に近づく。
その途端――踏んだ地面が少し沈んだ気がして、俺はバランスを崩した。いつの間にか自分の目の前に地面が近づいている。やばい、転んだか! そう思って俺は、無意識に何かを掴もうと手を伸ばした。
それと同時に、バリバリっと耳をつんざくような音が聞こえる。
やべっと思って見ると、祠の左側――扉と、その周りの壁の板が根元から剥がれたように崩れ落ちていた。板はバキバキに割れ、裂けている。俺は祠の無惨な姿に呆然とした。
「やっちまった……」
そう呟いて俺は扉を直そうとする。だが、何も持ってきていない俺が直せるはずもなく。せめて扉だけは閉めよう……と思い、俺は優しく扉を持ち上げて元の場所へ戻す。
その時祠の中も見えてしまったが、祠の中には何も置かれていないようだった。
「仕方ないな、後で直しにくるか。じいちゃん家にボンドとか接着剤とかありそうだし……」
俺は祠に体を向けて頭を下げた。
「扉を壊してしまい、申し訳ございません。また直しに来ますので……」
そう小声で呟いて、誰もいない祠に向かってぺこりと頭を下げた。
幸い、接着剤をすぐに見つける事ができた俺は、再度祠の前に戻り扉と周りの壁の部分をくっつけようと、なんとか頑張ってみる。
格闘する事――体感で一時間くらいだろうか。なんとか扉をくっつける事に成功し、俺は満足して階段を降りていった。