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第6話 202×年 7月某日――

 202×年7月某日――


「だいぶ片付いてきたな」


 鈴蘭の話をしてから数日後。あの胸騒ぎが嘘のように、俺は幸せな日々を過ごしていた。

 現在母屋の片付けは終わり、庭にある蔵の中の整理をしている。蔵の中もだいぶ片付けが終わってきたのだが……。


「ああ、これかぁ……これは骨が折れそうだな……」


 盛大なため息をつく。

 蔵の一番奥に置かれていたのは、俺の二倍ほどの高さはある本棚。しかもその本棚には、本が隙間なく入れられている。


「この本たちは確かどっかに寄付するんだったよな……」


 両親の話によれば、じいちゃん家は鎌倉時代から続く武士の家系で、家系図や古文書? って呼ばれる貴重な本が沢山あるんだってさ。俺、歴史に詳しくないから知らなかったけど……有名な武将にも仕えていた事があるらしいぞ?

 家から届いた段ボール箱はまだまだある。なんとか本は詰められそうだな……。


 俺は母屋にあったハシゴを使って、面倒な上の段から本を下ろしていった。


 しばらくして、お腹が空いてきたなと思い始めてきた頃。


「真守さん、真守さん」


 スズラさんの声が聞こえてきた。下を向くと、スズラさんがバスケットにお握りを入れてハシゴのそばに立っている。

 彼女は微笑むと、バスケットを持ち上げて言った。


「お腹が空いていませんか? お昼にしましょう」

「ありがとう、今、下に降りるね」


 そう言ってから俺がハシゴを降りようとしたところ――俺は足を踏み外した。


「うわっ!」


 全てがスローモーションになったようだった。離れていくハシゴを呆然と見ていた俺の耳に「きゃっ」と鈴の鳴るような声も聞こえる。俺が慌てて顔を上げると、彼女が俺の下敷きになっているではないか!


「大丈夫?!」

「え? ええ、問題ありませんよ」


 あっけらかんに言う彼女に安堵しつつも、慌てて彼女を起こそうとして――顔の近くに落ちている本が目に入った。あの位置だとスズラさんの顔に当たっている……?!


「あの、顔を見せてもらえますか? もしかしたら本が当たっている可能性もあるし……!」

「え、ええっと……」


 珍しくスズラさんが狼狽えていた。……ああ、そうか。包帯の下の傷を見せたくないのかもしれない。けれど、俺は今までのスズラさんを知っているから、傷ひとつで幻滅するとは思えないんだよな。

 案の定、その事が気になっていたらしい。


「あの、包帯の下はみっともない傷ですが……」

「そんな事はないよ。俺はスズラさんに傷があろうと、スズラさんの味方だよ!」


 その言葉にほんの少し、スズラさんの目に涙が浮かんだような気がした。


「ありがとうございます……」


 スズラさんは後ろの結び目を解いていく。

 くるくると包帯を手に巻きとりながら、少しずつ彼女の素肌が現れていく。


 幸い、本は顔に当たっていないようだ。

 それよりも……やはり彼女の顔は整っており、非常に美しい。

 そんな顔に赤い一本線の傷が、頬をなぞるかのように……額から顎にかけてまっすぐ伸びている。


 あれ……なんだかあの傷、見覚えがあるような……? どこだったっけ、思い出せないな。


 彼女の顔を見つめていた俺は、考えるのを止めた。

 引っ掻かれた傷であろうそれは、彼女をより美しく艶やかに見せており……目を奪われていたからだ。


「あの……大丈夫ですか?」


 俺が息を呑んで見つめていたからだろうか。心配そうにこちらを見てるスズラさんの表情を見て、俺は我に返る。


「あ、大丈夫ですよ! スズラさんが綺麗だから見入っちゃ……あ……すいません。あまりジロジロと見られるのは、気分がよくないですよね……」


 俺の言葉に一瞬目が点になったスズラさんだったが、時間が経つと彼女の頬が赤く染まっていく。


「あ……えっと、真守さんだったら……いいですよ?」


 そう上目遣いで言われて……俺の理性が切れそうになる。


 落ち着け。今の話は「傷を見て良い」って話だ。断じて……男女の仲の意味じゃない、だろ?

 そう考えていたら、なんとか冷静になっていきたけれど……また可愛いスズラさんの姿を見て、俺は天を仰いだんだ――。


 しばらくしてなんとか気持ちを押し込めた俺は、落としてしまった本を箱にしまってからいく、と伝えた。このままスズラさんについて行ったら、心臓がずっとうるさいままだろうからな……。

 母屋に行く彼女の背を見送った後、俺は本を拾い集め、段ボール箱へと入れる。


 そして最後に、スズラさんの顔の近くに落ちていた本を拾おうと手を伸ばした――その時。


「鈴蘭?」


 ――珍しい、と思った。

 興味半分で何度か本を開いていたけれど……字ばかりで、挿絵がある本なんてなかったから。


 開いていたページには鈴蘭の絵が書かれている。


 鈴蘭の絵の側にも色々と字が書かれている。けれども、俺にはなんて書いてあるか読めない。

 たまにこの漢字だろうな、と予想できる字はあるんだけどな……。ああ、そう言えば「昔の人は字を崩して書く人が多い」みたいな話があったな。


 字は読めないけど、挿絵があれば予想はできるよな。


 そう思った俺は、他にも絵が描かれているのではないかとページをめくる。すると、あの祠の絵が描かれているページを見つけた。


「これは祠について書かれた古文書? ってやつか……あ、ここはなんとか読めるかもしれない!」


 祠――という読める漢字が目に入った俺は、本のページをゆっくりとなぞっていくが……。このページは他に比べて何故か劣化が激しく、ところどころ穴が空いたり、字が消えていたり。

 俺は右側のページを読んだ後、集中して疲れた目を休めるために眉間を揉んだ。


「読めるかと思ったけど……まあ、そうだよな。難しいよな」


 諦めてスズラさんのところへ行くか。そう思った俺だったが、ふと左下に書かれていた短文が目に入った。


「おっ、これなら読めそうだぞ? 何々――」


 俺はもう一度目を凝らして文章を見る。


 「祠……の後の文字、これは『触』だろ? あ、『触れると』って書いてあるっぽいな。で、その後は……『祠』で、次は? あれ、こんな漢字あったか……? あ、これ、もしかしてひらがなで書かれているんじゃないか? あ、それならこれは『が』って読めるな――」


 ここだけ何故かひらがなが使われているようで、俺はパズルのように楽しみながら解読をしていく。まるで考古学者の気分だ。

 『祠』と『触』という字以外はひらがなで書かれているみたいだな。久し振りに頭を使ったからか、達成感がある。


「最初から読むと何々……『祠―触れると、祠の―が―かえにくる』……うん、意味が分からないな」


 最初は多分、『祠に触れると』もしくは『祠へ触れると』のどちらかだろう。後半は……あ、迎えにくる、か?


 ――何が迎えに来るんだ?


 考えていた俺の元に、スズラさんの声が聞こえる。俺は食事の事を思い出して、段ボール箱へと慌てて本をしまった。


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